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三國小説


呉国太が
長子・孫策を身ごもった時
自分の体内に月が宿る夢を見たという
次兄・孫権を身ごもった時は
自分の体内に太陽が宿る夢を見たという



‥‥‥これは、孫策が頭領の時分、孫権とその護衛役となった周泰の、ある夜のお話‥‥‥



※ ※ ※



 周泰の付いた溜め息は、音と共に夜の空気に飲み込まれていった。

……何回と経験しても、主君の杯(さかづき)の相手をするのは慣れない。

今更、毒気付いた事を思っても仕方ない。
主君・孫権の酒乱はかなり悪く、付き合わされた人の大概は参ってしまう。
それに例外なく、周泰もその一人であった。

 当の本人といえば、周泰に背中を預けて、ぐっすり寝入っていた。
暴れに暴れたのか、几帳面な彼ではありえない事に、服は乱れ、冠は外れ、髪は結われずに、しどけなく、孫権の肩に掛かっている。

 時折、孫権が身じろぎして、茶髪が周泰の首もとを擽(くすぐ)った。
自分の背中に誰かがもたれ掛かる姿勢は、はっきり言って、辛い。
その反面、背中ごしから伝わる彼のぬくもりが心地よくて、周泰はしばらく動けないでいた。

盗みに入るかのように、窓から入り込んだ風が紙燭の炎を吹き消した。

(いい加減、移動させないと……)

周泰がそう思い、動こうとした時だった。

「幼平。」

 彼が字で周泰を呼んだ。
まだ起きていらしたのか、と思ったと同時に、先程の彼の酒乱っぷりが浮かんだ。

(………)

だが、周泰の心配は杞憂に終わった。

「月が綺麗だと思わないか?」

孫権はそう言ったのである。
周泰は首だけを動かして、窓から広がる夜空を見た。
そこには、ひとつの三日月と数多の星々が無造作にばらまかれていた。
星々は、一つ一つに名があり、輝いているが、どの星よりも光輝く月の前では、意味がなさないようにさえ感じる。
三日月は長細く、それはどこか、自分の武器・弧刀に似ていた。

「母上は兄上を身ごもった時、自分に月が宿る夢を見、私の時は太陽が宿る夢を見たらしい。」

その孫権の話は周泰も耳にした事があった。
太陽も月も、権力者・皇帝や王を意味する言葉だという事も。

「兄上こそが太陽だ。全てを照らし出し、道を与える力を太陽は持っているから。」

孫策は人を引き寄せ、引きつけ、これまで、何人の人を配下に加えただろうか?

「私は……月だ。闇夜を切り開く力を月は持っていないから。」

孫権が俯いたのか、背中にかかる重みが減った。
あのような立派な兄を持って、弟である孫権が自分と比べてしまうのも無理のない話だ。

夜の空気と沈黙が混じり合い、月光が落ちてくる音まで聞こえそうであった。

「……孫権様。」

寡黙な周泰が、自ら沈黙を破った。

「……太陽だからこそ、蒼天が覗けますが、月の光ではないと星は覗けません。」

孫権が俯くのをやめるのを感じた。

「‥‥幼平は優しいな。」

孫権の言葉に、周泰は首を傾げたくなった。

優しい?
誰が?
この俺がか?

優しいのは、むしろ孫権様、貴方の方だ、と周泰は思う。
元・江賊である自分にここまで、気を許してくれるのだから……。

「もし、己を月に例えたなら、私はあの三日月であろうな。」

「……満月ではないのですか?」

疑問に思った周泰が口を挟む。

「いや、満月だよ。」

孫権が首を振り、髪が周泰の首筋を掠(かす)める。

「私自身は三日月だが、"誰か"が補ってくれるから、満月になれるのだ。‥‥それが誰か、分かるか?」

「いえ……。」

周泰には検討もつかぬ事であった。
今、天上に輝いている三日月の欠けている部分は一体、何処にあるというのだろう?
それを考えている気分に陥(おちい)られた。
それは月しか知らないし、答えられない。
三日月は言った。

「その月の欠片は、兄上や周瑜のように私を支えてくれる人々、そして‥‥」

地面に置かれた周泰の手に、孫権が手を添えた。












「‥‥幼平、お前から成っているんだ。」

ほら、貴方の方が優しい。

重ねられた手から、相手の熱が伝わって、自分の頬までいくのを感じた。

「……そう言って戴き、光栄です。」

「フフッ。そう言うと思った。」

再び、孫権が周泰に背を預けた。

「幼平、己を月に例えたなら、お前はどんな月になるんだ?」

手は重ねられたままで。

「……俺を、ですか?」

「そうだ。‥‥私は今、とても知りたい‥‥。」

孫権が消え入りそうな声で呟いた。

己ヲ月ニ例エタナラ、己ハ何ニ成ル?

「……俺は……」

周泰の背にかかる重みが更に増した。

「……孫権様?」

周泰の呼び声に、相手の規則正しい寝息が返ってきた。

(……答えも聞かずに、眠ってしまわれたか……)

周泰は一つ息を吐くと、孫権を起こさないよう、かかえると、立ち上がり、彼の寝室へと向かった。

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