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被らない帽子と抜かない刀
2

「いててて…‥。クソッ、ハゲたりしたら、テメェのせいだからな。」

 ムギガタナが頭を擦(さす)りながら、ジョリーを睨み付けると、医者も負けじと記憶喪失の男を睨み返してくる。
敵意丸出しの男二人組に、シルクは頭を抱えたくなった。

 シロツメ島を"ト"で例えるなら、右に位置する、ルーブルの街を往来する人込みの中に、亜麻(あま)色の髪の少女と青色の髪の男性と金髪の青年は歩いていた。
色様々なタイルが綺麗に敷き詰められた街路は、オレンジの街路樹が並ぶプラドとは別の雰囲気が漂っていて素敵なのだが、睨み合った二人の雰囲気は紛(まぎ)らわせそうになかった。

「はぁ? なんで、おれのせいなんだよ?」

ムギガタナの愚痴をジョリーが受けたことから、二人の言い争いは始まった。

「はぁ? じゃねぇよ! テメェがさっきから、殴ったり、ぶつけたりしてるからだろ!」

「ンなの、自業自得だ! 行く女、来る女、片っ端からナンパしやがって。」

「だからって、逐一(ちくいち)、攻撃する必要はねぇじゃねぇか!」

「こちとら、お前のためにルーブルに来てやったってのに、その当の本人が見境なく女を口説いてたら、攻撃したくもなるだろが!」

ジョリーの言った通り、ムギガタナは若い女性(レディー)を見つけると否や、すぐさま口説きに走るので、その度にジョリーに殴られたり、物を投げ付けたり、首根っこを掴まれたりしていた。
そして、今も。

「おっ! うっつくしいレディー発見♪」

「アホかっ!!」

口喧嘩の最中というのに、女性に近寄ろうとするムギガタナの頭をジョリーが、ぽかん、と叩いた。

「ってぇな、何しやがる!?」

「これで五回目。お前も何回したら気が済むんだ?」

叩かれた箇所を押さえながら、怒鳴るムギガタナに、ジョリーは顔全体に怒りを表したままで返答する。

「レディーに声を掛けるのは常識だろが、クソ医者!」

「ンな常識あってたまっか、この"馬鹿ガタナ"!」

「あの〜」

暴言と共に、ヒートアップする口喧嘩する医者と患者をシルクが呼ぶが、二人とも気付きやしない。

「刀をバカにすんじゃねぇっ、この"青汁"!」

「…‥ちょっと、」

「誰が"青汁"だっ!? つぅか、青汁は青色ってか、どっちかいうと緑色じゃねぇか! このっ馬鹿ムギ! …‥ってか、馬鹿ムギ、馬鹿ゴメ、馬鹿タマゴ!!!」

「早口言葉にすんじゃねぇよ、このクソ青髪っ!」

「しずかに…‥」

「おっ、やるかーっ!?」

「ブッ飛ばしてやる!!」

 売り言葉に買い言葉で悪化していった口喧嘩は、本当の喧嘩に変わりつつあった。
そして、ついに手が挙げられた、






ジョリーでも、ムギガタナでもない手が。






「いい加減にせんかいっ!!!!」


「ほげっ!」
「ぐげっ!」

 シルクの鉄拳が二人の脳天に炸裂した。

「喧嘩も大概にしてよ! みんなの迷惑になるでしょ!!」

大の男二人を撃沈した少女が仁王立ちになって、叱り付ける。

「「コイツが悪い!」」

声を揃えて言う二人に、

「両方、悪い!!」

とシルクの怒声が再び飛ぶ。

「それに…‥、」

少女が辺(あた)りを見渡しながら、小声で付け加えた。

「周りの人みんな、こっちを見てるじゃないの。」

恥ずかしい、と言いたげに額に手をやる少女と喧嘩をする男二人を、通り掛かる人は全て振り返り、好奇の目で見ていた。

「それは勿論、おれがかっこ良過ぎるからだよ、シルクちゃん♪」

「阿呆。お前がそんな格好をしてるからだろ。」

胸を張って当然のごとく言うムギガタナに、ジョリーが冷静に指摘した。
医者の言う通り、記憶喪失の男は白シャツに黒スーツを着こなし、白鞘の刀をピンクのリボンでベルトに固定し、そして、麦わら帽子の紐を首に引っ掛けるという、どっからどう見ても奇妙な格好をしていた。

「んだとっ!! 誰がアホって…‥」

「…‥にしても、お前、どうして帽子を被らないんだ?」

ムギガタナがわめき始める前に、ジョリーは尋ねていた。

「そういえば、そうね。」

シルクもそれに参戦する。

「家の中で被るのはマナー違反だからって、被らなかったけど、どうして、外にいるのに今も被らないの?」

「え? あ…‥、それは…‥」

(そういえば、なんでだ?)

ムギガタナは心の内で自問自答する。

 何故かは分からないが、"駄目だ"と思うのだ。
理屈なんてない。
けど…‥、この帽子をおれは被っては駄目なのだ。

 唇の片端を下げて、一瞬だけ、ムギガタナは困ったような表情をしたが、直(じき)にそれも消え、いつもの表情で答えた。

「そりゃあ、シルクちゃん、帽子を被っちまったら、おれのトレードマークである金髪が隠れちまうからさぁ!」

家の中であろうが、外であろうが、結局、ムギガタナに帽子を被る気はないらしい。
ハートを振り撒きながら、女性(レディー)であるシルクにしか答えない男に、ジョリーがぼやいた。

「確かにお前の目障(めざわ)りな程にビカビカ光る髪が隠れてたら、物を当てにくくなっちまうなぁ。」

そんな医者の挑発にムギガタナが乗らない訳がない。

「あんだとっ! そーゆーテメェの格好もどうなんだよ?」

「何って、医者の格好。」

「医者だからって、外でも白衣を着る奴が何処にいんだよ!?」

ムギガタナの言う通り、ジョリーは外であるのに、しかも街中なのに、白衣を着こなしていた。
これはもう不自然、いや不審者以外の何物でもない。

「常に白衣着用、これがおれのポリシーなんだよ!」

「…‥お前、アホだろ。」

「女性を見つけ次第、口説くのが常識って思ってるお前の方がアホだっての。」

「アホ・アホ言うんじゃねぇよ、バカ青髪っ!」

「何をーっ!! このグルマユ野郎が!」

…‥という具合に、年齢が十歳程離れていそうな、金髪でグル眉毛、帽子と刀をぶら下げた黒スーツの男と、街中なのに白衣を着て、緑色の四角いフレームの眼鏡をかけた青髪の男が、往来のど真ん中で互いを罵りあい、ぶつかりあっているので、かなり目立つのである。
誰もが振り返る訳なのだ。

(この三人で一番マトモなのって、私だけね。…‥なんだか、そっちの方が逆に浮きそうだけれども。)

Vネックの濃紺のTシャツに、チェック柄のオレンジのキュロット(スカートのようなズボン)を穿いた少女は他人のフリをしたくて仕方なかった。
だが、一息吸うと、口喧嘩が殴り合いの喧嘩に発展する前に、二人を地面に叩き付けるため、シルクは拳(こぶし)を強く握り込んだ。


※ ※ ※

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あきゅろす。
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