被らない帽子と抜かない刀 5 『サンジっ!!』 ――よぉ、ルフィ。 麦わら帽子を掴んだ、金髪の男のまわりには煙草の煙が漂っていて、 ――"コイツ"はおれが預かっといてやる。 『なくすんじゃねぇぞ!!!』 ――バーカ、 なくす訳ねぇだろ。 その台詞は、当たり前のように放たれた。 だが、 「貴様は海賊王になれない。 なぜなら……‥‥ 貴様は仲間の為に自分を犠牲にすることが出来ても、 自分の夢の為には仲間を犠牲にする事が出来ないからだ。」 『!!!???』 …‥反論出来なかった。 船に叩き付けられ、這い上がった瞬間に見たのは、嵐の海に飛び込む男の姿だった。 緑髪の剣士は手摺に凭(もた)れて唖然(あぜん)としている。 気が付いたら、 「馬鹿な事するんじゃねぇっ!!!!」 訳も分からないままに怒鳴っていた。 手は伸ばしても、金髪の男には届かなくて、 麦わら帽子にも届かなくて、 何もかもに届かなかった、その瞬間。 シャンクスが頭の中を横切ったのは、何故なんだろうか? ※ ※ ※ 先程から同じ光景が、ルフィの頭の中を端と端を繋げたフィルムのように、ぐるぐる回っている。 う〜ん、とルフィは唸(うな)ると、麦わら帽子を更に深く被ろうとした。 そして、気が付いた。 麦わら帽子はサンジが預かってしまった、持っていってしまったということに。 仕方がないから、その挙げた手で顎を見張り台の縁(ふち)にのせたままの頭をかいていると、 「船長さん。今夜の見張りの当番は私だから、貴方がする必要はないのよ。」 ふいに、ギシギシと、見張り台へと昇る音と共に声が聞こえて来た。 ルフィのことを『船長さん』と呼ぶ女性は、この船に一人しかいない。 「おぅ、ロビンか!」 半分よりも欠けた月が発する頼りげない光の中、微かに見える輪郭を確認すると、ルフィは手を伸ばして、ロビンが見張り台に乗り込むのを手伝ってやった。 ありがとう、と呟くと、考古学者は見張り台の縁に腰を掛けた。 「こんなところにいて、どうしたの?」 「う〜ん、なんでか分かんねぇけど、眠れねぇんだ。」 ルフィは再び唸ると、首を大袈裟(おおげさ)に傾(かし)げてみせた それこそ、縁に耳がつきそうなぐらいに。 「悩み事でもあるの?」 ロビンの質問に、ルフィが縁に手をついて勢い良く顔を上げた。 「あぁ、そっか!」 合点いった。 ルフィはそんな風に声をあげた。 「おれ、悩み事をしてたんだ。」 ――だから、さっきから、気になって仕方なかったんだ! そう呟くルフィに、ロビンは縁に手を置いたまま、目を丸くしてしまった。 自分が悩んでいることに気付かないなんて、なんて彼らしい。 「話、聞きましょうか?」 ロビンのそんな発言に、再び、ぽてっとルフィの頭が沈んだ。 麦わら帽子のない彼は、何故か別人のように思える。 誰も話さない時間を狙ったかのように、風がメインセールをはたはたと鳴らした。 それに飛ばされる帽子はない。 「不思議だよなぁ。」 暗く浮かび上がる山、セント・ヴィクトワールを見ながら、ルフィが告白した。 「サンジがいなくなったのに、おれ、帽子のことばかり考えてる。」 頬を縁に擦(なす)り付けたせいで、最後の方は言葉が濁(にご)ってしまった。 どっちも大切なことは分かっているのに、いつもあるはずの帽子がないことに、どうしようもない違和感を感じる。 そっちばかりが気になって仕方がない。 そもそも、自分がどういう感情の中にいるのか分からない。 このモヤモヤ感が"悩み"ならば、どうすれば、晴らせるのだろう? う〜ん。ルフィがもう一度、唸ろうとした時だった。 「悩む必要はないんじゃないかしら?」 ロビンの声がルフィの頭の上から降ってきた。 なんでだ? も言わずに、顔をあげた船長に、考古学者はゆっくりと告げた。 「船長さんの大切な帽子は、貴方が信頼し、貴方を信頼するコックさんが持っているのだから、両方とも心配する必要はないでしょう?」 ぽかん、としてしまった。 …‥というより、 なんて、当たり前のことなんだろう。 なんて、当たり前のことを忘れてたんだろう。 「ししし、そーだな!」 頭の後ろで手を組んで、ルフィは笑い出した。 吹っ切れた。 そんな笑顔で、いつもの笑顔だった。 「やっぱり、笑ってる船長さんが一番だわ。」 ロビンはそんなことを言いながら、自分が目を細めて、口端が引くのが分かった。 「ん? でも、ロビン。」 何か疑問に思ったのか、いつもの声質でルフィが尋ねてくる。 「どうして、おれが笑ってるって分かったんだ?」 雲一つない、今宵の半月が海に反射し、物々の輪郭が分かる程度の明るさだが、その物の細部(ディティール)や色、表情まではわからない。 それなのに、自分が笑った、と判るロビンが不思議でたまらないらしい。 「声で判るわ。それに、いつも、船長さんの笑顔を見てるもの。だから、すぐに想像出来てしまうのよ。」 ――貴方の笑顔が。 そう答えたロビンの前に、ルフィが立っていた。 「?」とロビンが不思議に思っていると、ふいに暗闇から手が出てきて、彼女の両頬を軽く引っ張った。 「船長さん?」 強く引っ張られてないため、普通ではない状況なのに、声が普通に出た。 . [*前へ][次へ#] |