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被らない帽子と抜かない刀
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 そうか。あの時の光と似ているのか、とゾロはシンクの反射する光を見ながら思った。
だが、と言葉を続ける。

――『ねぇよ!』と即答しちまったが、あの女はなんで、あんなことを尋ねたがったんだ?
その意図も、あの女の目的も正体も何もかもが、ちっとも分からねぇ!
第一、あの女はなんでおれが気になるんだ?
『それにっ』って、一体、何を言いかけ…‥


「ちょっと、ゾロ! 人の話を聞いてるの!?」


ナミの大声が、ゾロの思考を一気に引き裂いた。

「なんだよ?」

ゾロが見たのは、テーブルに両手をついて、こちらを睨んでいるナミの姿だった。
…‥テーブルに手をついた音にすら気付かなかったとは、自分でも笑える話だ。

「明日の予定の話よ! アンタ、全然、聞いてないじゃないの!?」

「悪(わり)ぃな。」

憤慨するナミに、ゾロは頭を掻いた。

「…‥ったく。いーい?」

航海士は息を吸い込んだ。

「私とロビンとルフィはサンジ君を探しに、ウソップとチョッパーはアンタたちがあけた穴を修復する板を買いに行くの。」

一気に早口で喋るナミよりも、舌を伸ばして、説明に使われた野菜を食べているルフィの方に、ゾロは思考を持っていかれてしまった。

(ゴムゴムの実の能力によるものと分かっていても、あまり気分の良いもんじゃないな。)

「そんで、」

ゾロの思考がナミに戻る。

「アンタは船の留守番!」

「その必要はないんじゃねぇか?」

ふと、リチアの話を思い出したゾロは、そんな言葉を放っていた。

「ゾロ、」

呼び掛けるナミの声は怒りと呆れが混じっていた。

「ロビンの話、聞いてた? この街にはクラウンがいるのよ!? 船を襲われでもしたら、たまったもんじゃないわ!!」

「"あの女"の話だと、」

ナミの言い分を最後まで聞いてから、ゾロは話を切り出した。

「街で暴れない限り、海賊でも上陸しても構わないうえ、港を使っても良いらしいぜ。その代わり、迷惑沙汰でも起こしたら、すぐさま、牢獄にぶち込まれるけどな。」

「…‥"あの女"って、あの棒飾りの付いた?」

ウソップの問い掛けに、ゾロが頷く。

「ロビン。そこんとこ、どーなの?」

落ち着いた声で、ナミがその事実が真か嘘かを考古学者に問うた。

「私がこの街について聞いたのは、だいぶ前のことよ。海軍嫌いのクラウンのことだから、エディンバラに何もしていない海賊を捕まえて、海軍に進んで貢献するようには思えないから、有り得ると思うわ。」

「おれらの自信が"担保"ってわけだろ。」

ロビンの推測を聞いても、腑に落ちない顔をしていたナミに、ゾロはリチアからもらった推薦状を突き付けた。

「なにこれ?」

「"あの女"から貰った"推薦状"だ。コレを港に持って見せれば、半額でログが溜まる日数、預かってくれるんだと。」

二つ折りにされた紙を見るナミに、ゾロが単調な説明をする。

「ゾロ、"あの女"ってだれだ?」

ナミが、半額かぁ、と紙を見ながら考えている間に、チョッパーが尋ねてきた。

「"あの女"ってのは、」

「それはな、」

剣士が何かを言いかける前に、ウソップが話し出した。

「ゾロがナンパしたクラウンの女なんだよ。」

「おお〜っ。ゾロ、お前、ナンパしたのか!?」

「ちげぇよ!!!」

急に話題に首を突っ込んで来たルフィの隣りでは、チョッパーが、ゾロもナンパするんだな、とぼやいている。
半分真実なので、ゾロも完全には否定できない。

「そんでもって、なんと、デートまでしてきたんだぜ!」

「「すっげーっ!」」

「んなわけあるかっ!」

加熱するウソップの"ほら"に、乗る二人組に、怒鳴るゾロ。
とうとう、ナミまでもが吹き出した。

「ナミっ、テメェっ、」

 調子に乗って囃(はやし)立てる三人組に制裁を与えた後、航海士に詰め寄ったゾロだったが、彼女の吹き出した理由はまた別のところ――その手元にある、広げられた推薦状にあるようで。

「ゾロ。アンタ、あの女の子に自分の名前、明かさなかったでしょ?」

「? そうだが…‥。」

「やっぱりね。」

それだけ聴くと、ナミは再び笑い出した。
気になったルフィ、ウソップ、チョッパーは、ゾロに殴られた頭を押さえながら、ナミの手元を覗き込んだ。
途端に、三人組も笑い出した。
反対側にいるゾロには、さっぱり分からない。

「その女の子のネーミングセンス、コックさんや船長さん並みね。」

航海士の後ろに立つロビンが微笑みながら、ハナハナの実の能力を使って、ゾロにその推薦状を広げて見せた。

 それには本来、ゾロの名前が書かれるべきのところに、











『腹隠し剣士』


とはっきりと記入されてあった。

(あのアマ…‥。)

 腹巻きをした剣士は、あの女・リチアが最後に尋ねた質問の意味を、ようやく分かったような気がした。


※ ※ ※


「みんな、意外と大丈夫なのね。」

「あら、何が?」

 ナミが皿を洗い、渡された皿をロビンが拭く。
夕食が終わり、男共は就寝し、女性だけのキッチンで、ふと、航海士が思い出したように呟いた。

「サンジ君のことよ。」

カチャン、と泡の中で皿が鳴った。

「最初はあわてたけど、みんな、いつも通りに戻ったみたいだし。」

ナミがそうこぼしながら、ロビンにボウル(皿)を手渡した。

 帽子がないっ! と嘆いていたルフィも、パニックを起こしていたウソップも、心配性チョッパーも、今はだいぶ落ち着いてきている。
一番、意外だったのは、ゾロだった。
エディンバラの街で別れる間際まで、ゾロはかなりイラついていたし、鍛冶屋に行くのにお金も渡し損ねていたから、迷惑沙汰でも起こしてんじゃないか、と内心、ナミはビクついて仕方なかった。

 だから、ゾロが気分を落ち着けて戻ってきた上、迷子にならず、しかも、暗くなる前に帰ってきたのは、本当に奇跡だと思う。
殺気も完全に消えていたし、何より、あの近寄り難い雰囲気がなくなっていた。
ゾロが言うには、あの女(リチア、といったか)が全てを――鍛冶屋に出す為の仕事も、案内もしてくれたらしい。
おせっかいな子なのね、とナミがからかうと、『手伝う理由は、おれが気になるからだそうだ』とゾロは答えてきた。

 『気になる』って…‥、女の勘として、女が男にその言葉を使う理由は一つしかないような気がする。
まさか、そのリチアって子、ゾロのことが…‥

「そうかしら?」

「え?」

ふいに放たれた、ロビンの発言に、思わず、ナミは声をあげてしまった。

――じゃあ、なぁに?
リチアがゾロに『気になる』って言葉を使ったのには、"それ"とは違う意味があるっていうの?

「みんな、気にしてると思うわ。」

ナミが何かを言う前に、ロビンの口からはそんな言葉が続いた。
どうやら、ロビンの発言は先程の『意外と、みんな、大丈夫なのね』を受けたもののようで。

「なんで、ロビンはそう思うの?」

 自分の中で勝手に生じた勘違いが恥ずかしくて、ナミはぶっきらぼうに訊いてしまっていた。

「だって、」

ロビンはそんな聞き方にお構いなしに答えた。

「"いつも通り"ではないもの。」

そう言って答えるロビンの視線の先を辿(たど)ると、絶対に残るはずのない肉が、手付かずのままでのった皿があった。


※ ※ ※

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