被らない帽子と抜かない刀 4 そうか。あの時の光と似ているのか、とゾロはシンクの反射する光を見ながら思った。 だが、と言葉を続ける。 ――『ねぇよ!』と即答しちまったが、あの女はなんで、あんなことを尋ねたがったんだ? その意図も、あの女の目的も正体も何もかもが、ちっとも分からねぇ! 第一、あの女はなんでおれが気になるんだ? 『それにっ』って、一体、何を言いかけ…‥ 「ちょっと、ゾロ! 人の話を聞いてるの!?」 ナミの大声が、ゾロの思考を一気に引き裂いた。 「なんだよ?」 ゾロが見たのは、テーブルに両手をついて、こちらを睨んでいるナミの姿だった。 …‥テーブルに手をついた音にすら気付かなかったとは、自分でも笑える話だ。 「明日の予定の話よ! アンタ、全然、聞いてないじゃないの!?」 「悪(わり)ぃな。」 憤慨するナミに、ゾロは頭を掻いた。 「…‥ったく。いーい?」 航海士は息を吸い込んだ。 「私とロビンとルフィはサンジ君を探しに、ウソップとチョッパーはアンタたちがあけた穴を修復する板を買いに行くの。」 一気に早口で喋るナミよりも、舌を伸ばして、説明に使われた野菜を食べているルフィの方に、ゾロは思考を持っていかれてしまった。 (ゴムゴムの実の能力によるものと分かっていても、あまり気分の良いもんじゃないな。) 「そんで、」 ゾロの思考がナミに戻る。 「アンタは船の留守番!」 「その必要はないんじゃねぇか?」 ふと、リチアの話を思い出したゾロは、そんな言葉を放っていた。 「ゾロ、」 呼び掛けるナミの声は怒りと呆れが混じっていた。 「ロビンの話、聞いてた? この街にはクラウンがいるのよ!? 船を襲われでもしたら、たまったもんじゃないわ!!」 「"あの女"の話だと、」 ナミの言い分を最後まで聞いてから、ゾロは話を切り出した。 「街で暴れない限り、海賊でも上陸しても構わないうえ、港を使っても良いらしいぜ。その代わり、迷惑沙汰でも起こしたら、すぐさま、牢獄にぶち込まれるけどな。」 「…‥"あの女"って、あの棒飾りの付いた?」 ウソップの問い掛けに、ゾロが頷く。 「ロビン。そこんとこ、どーなの?」 落ち着いた声で、ナミがその事実が真か嘘かを考古学者に問うた。 「私がこの街について聞いたのは、だいぶ前のことよ。海軍嫌いのクラウンのことだから、エディンバラに何もしていない海賊を捕まえて、海軍に進んで貢献するようには思えないから、有り得ると思うわ。」 「おれらの自信が"担保"ってわけだろ。」 ロビンの推測を聞いても、腑に落ちない顔をしていたナミに、ゾロはリチアからもらった推薦状を突き付けた。 「なにこれ?」 「"あの女"から貰った"推薦状"だ。コレを港に持って見せれば、半額でログが溜まる日数、預かってくれるんだと。」 二つ折りにされた紙を見るナミに、ゾロが単調な説明をする。 「ゾロ、"あの女"ってだれだ?」 ナミが、半額かぁ、と紙を見ながら考えている間に、チョッパーが尋ねてきた。 「"あの女"ってのは、」 「それはな、」 剣士が何かを言いかける前に、ウソップが話し出した。 「ゾロがナンパしたクラウンの女なんだよ。」 「おお〜っ。ゾロ、お前、ナンパしたのか!?」 「ちげぇよ!!!」 急に話題に首を突っ込んで来たルフィの隣りでは、チョッパーが、ゾロもナンパするんだな、とぼやいている。 半分真実なので、ゾロも完全には否定できない。 「そんでもって、なんと、デートまでしてきたんだぜ!」 「「すっげーっ!」」 「んなわけあるかっ!」 加熱するウソップの"ほら"に、乗る二人組に、怒鳴るゾロ。 とうとう、ナミまでもが吹き出した。 「ナミっ、テメェっ、」 調子に乗って囃(はやし)立てる三人組に制裁を与えた後、航海士に詰め寄ったゾロだったが、彼女の吹き出した理由はまた別のところ――その手元にある、広げられた推薦状にあるようで。 「ゾロ。アンタ、あの女の子に自分の名前、明かさなかったでしょ?」 「? そうだが…‥。」 「やっぱりね。」 それだけ聴くと、ナミは再び笑い出した。 気になったルフィ、ウソップ、チョッパーは、ゾロに殴られた頭を押さえながら、ナミの手元を覗き込んだ。 途端に、三人組も笑い出した。 反対側にいるゾロには、さっぱり分からない。 「その女の子のネーミングセンス、コックさんや船長さん並みね。」 航海士の後ろに立つロビンが微笑みながら、ハナハナの実の能力を使って、ゾロにその推薦状を広げて見せた。 それには本来、ゾロの名前が書かれるべきのところに、 『腹隠し剣士』 とはっきりと記入されてあった。 (あのアマ…‥。) 腹巻きをした剣士は、あの女・リチアが最後に尋ねた質問の意味を、ようやく分かったような気がした。 ※ ※ ※ 「みんな、意外と大丈夫なのね。」 「あら、何が?」 ナミが皿を洗い、渡された皿をロビンが拭く。 夕食が終わり、男共は就寝し、女性だけのキッチンで、ふと、航海士が思い出したように呟いた。 「サンジ君のことよ。」 カチャン、と泡の中で皿が鳴った。 「最初はあわてたけど、みんな、いつも通りに戻ったみたいだし。」 ナミがそうこぼしながら、ロビンにボウル(皿)を手渡した。 帽子がないっ! と嘆いていたルフィも、パニックを起こしていたウソップも、心配性チョッパーも、今はだいぶ落ち着いてきている。 一番、意外だったのは、ゾロだった。 エディンバラの街で別れる間際まで、ゾロはかなりイラついていたし、鍛冶屋に行くのにお金も渡し損ねていたから、迷惑沙汰でも起こしてんじゃないか、と内心、ナミはビクついて仕方なかった。 だから、ゾロが気分を落ち着けて戻ってきた上、迷子にならず、しかも、暗くなる前に帰ってきたのは、本当に奇跡だと思う。 殺気も完全に消えていたし、何より、あの近寄り難い雰囲気がなくなっていた。 ゾロが言うには、あの女(リチア、といったか)が全てを――鍛冶屋に出す為の仕事も、案内もしてくれたらしい。 おせっかいな子なのね、とナミがからかうと、『手伝う理由は、おれが気になるからだそうだ』とゾロは答えてきた。 『気になる』って…‥、女の勘として、女が男にその言葉を使う理由は一つしかないような気がする。 まさか、そのリチアって子、ゾロのことが…‥ 「そうかしら?」 「え?」 ふいに放たれた、ロビンの発言に、思わず、ナミは声をあげてしまった。 ――じゃあ、なぁに? リチアがゾロに『気になる』って言葉を使ったのには、"それ"とは違う意味があるっていうの? 「みんな、気にしてると思うわ。」 ナミが何かを言う前に、ロビンの口からはそんな言葉が続いた。 どうやら、ロビンの発言は先程の『意外と、みんな、大丈夫なのね』を受けたもののようで。 「なんで、ロビンはそう思うの?」 自分の中で勝手に生じた勘違いが恥ずかしくて、ナミはぶっきらぼうに訊いてしまっていた。 「だって、」 ロビンはそんな聞き方にお構いなしに答えた。 「"いつも通り"ではないもの。」 そう言って答えるロビンの視線の先を辿(たど)ると、絶対に残るはずのない肉が、手付かずのままでのった皿があった。 ※ ※ ※ . [*前へ][次へ#] |