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被らない帽子と抜かない刀
3

「はぁ〜い、ナミさぁ〜ん!おれを呼んで下さいましたか〜???」

ほらな、とウソップは思いながら、敵の海賊船から眼をハートにして、顔を出したコックを見上げた。

「嵐が近付いてるから、早くあの馬鹿二人をこっちに連れて来て欲しいの!」

仮にも自分達の船長である男を"馬鹿"呼ばわりしながら、ナミは頼んだ。

「んナァミさんの為なら、このサンジ、何だって致しますよ〜!」

「良いから、早く行け!」

ウソップの言葉に、サンジは特徴的な眉毛をひそませる。

「おいっ、長っ鼻! 折角(セッカク)ナミさんがおれに頼み事をして下さってるのになぁ、余計な茶茶(チャチャ)入れて台無しにすんなよ。‥…あ、まさか、おれに嫉妬?」

「んな訳あるかぁー! 第一、お前はな――」

「うるっさいわーーっ!」

今度はナミの鉄拳がウソップに炸裂する。

「サンジ君、早く!」

「了解♪」

サンジは軽く返事をすると、頭を引っ込めた。

「みんな、帆を畳(タタ)んで。嵐に備えるわよ! ほらっ、ウソップも。」

先程殴った事への罪悪感なんて微塵(ミジン)も感じさせずに、ナミはウソップや他の仲間に適確な判断を与える。

「どぉして、おればっか、こんな目に…‥。サンジの奴、後で覚えとけよぉ。」

そんなウソップは頬を床にくっつけながら、文句を垂れていた。

 必ずしも『後』があるとは限らない…‥、そんな事を考える事なく…‥。


 ※ ※ ※


「ちっ。あいつら、何処にいやがんだ?」

サンジは咥(クワ)えていたタバコを吐き捨てると、自船とは比べ物にならない程広い甲板を駆け抜けて行った。
波が荒れ狂う程に風が吹き、流れ出た汗で前髪が額に張り付く。
ゴロゴロと甲板のあちこちで転がっている敵の多さと、今から襲いかかって来る敵の多さに、コックは溜め息を吐(ツ)いた。

「ったく!しつけぇんだよ!!」

両手を地面につくと、両足を一直線に広げ、円周上の敵を――書いて字のごとく――"蹴"散らした。
そのままペースを落とす事なく敵を数人蹴り上げ、船の中心地への最短距離の道を確保する。

(いやがった!)

コックはマストの下で敵と対峙(タイジ)する船長と剣士を視界に捕らえた。

「真打ち登場‥…ってヤツか?」

眼下――甲板とマストがある中心地とは結構な高さがあったため――に広がる光景を見て、サンジは呟いた。
明らかに今までの雑魚(ザコ)とは違う威風を纏(マト)った男二人が、ルフィとゾロと睨み合っていた。
おそらく、この海賊船の船長(キャプテン)と、副船長だろう。
片方が逆立てたような黒髪と白のコートを、もう片方が――地毛だろうか――オールバックの白髪に黒のコートを着ている。
白コートの男の左目下に脳天から顎(アゴ)まで剣で串刺しにされた骸骨(ガイコツ)のタトゥーを入れているのが、離れていても見えた。
同じように、黒コートの男も右頬から右目を無視するかのように黒い稲妻の刺青(イレズミ)をしていた。
体格としては、どちらもがっしりとしたガタイで肩幅が広く、黒コートの男は、怒り肩気味の白コートの男よりも巨体であった。
そんな二人組を見て、サンジは

(…‥オセロみたいだな。)

と何処か見当外れな事をぼんやりと思った。
臨戦態勢に入っている船長と剣士を無理やり連れ戻そうとするのは、もう無理な話だ。
だったら‥…、

「おいっ、クソゴムにクソ剣士!」

暴言で呼びかけ、彼等の反応を見て、自分の声が届いていると確認する。

「嵐が近付いてるから、とっととソイツ等倒して、船に戻って来い!」

命が掛かっている内容を、まるで餓鬼(ガキ)のお使いを頼むかのように、サンジは大声で言った。

「おう!」

「けっ、テメェなんかに言われなくとも。」

ルフィからは快諾(カイダク)を、ゾロからは遠回しな了解を得ると、サンジは口端を持ち上げ、視線の先を二人から離した。
用件を伝えたとはいえ、サンジは先にG・M(ゴーイング・メリー)号に帰るつもりはなかった。

「さぁて、後は‥…」

コックの視界に映るは、懲りもせずに襲いかかる気満々の敵共。
サンジは足で甲板をい鳴らし、ポケットから取り出したタバコに火をつけた。

「クソ気に食わねぇが、アイツらの帰り道でも作るとするか。」

声を上げながら突っ込んで来た敵を、両手をポケットに入れたまま、サンジは蹴りで出迎えた。
一対多数の大乱闘の開始であった。
サンジはお得意の蹴りで敵を次々と沈(鎮)(シズ)めていく。
自分の後ろに誰か――敵以外いないのだが――が立つ気配がした。
そいつから振り下ろされたカトラス(意味:海賊の武器である剣)を易々(ヤスヤス)躱(カワ)し、振り向く際に技を叩き込んでやる。

「ポワトリーヌ(胸肉)シュート!!!」

蹴りが敵の胸に直撃し、回りの海賊共を巻き込みながら、ブっ飛んでいく。
それを見た相手が怖(オ)じ気付く中、サンジは煙草の煙をゆるりと吐き出した。
そんな休息(?)も束の間、意気を取り戻した連中が再び――三度(ミタビ)か――襲いかかって来た。
まだまだ、こちらの乱戦は終わりそうにない。

 船に打ち付ける波がますます強くなってきている。
嵐に程良く近付いてしまっているらしい。
なのに、雨も雷鳴もしないのは、一体何故だろうか?

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