2


能力者達が集うバトルファイト「サイキックバトル」まで、残り一週間をきった頃

蓮は、もう旅立つ用意も出来ており、後は家の仕事にある程度目途を付けるだけだった。


しかしそれも今日で終わりで、
今書いている書類が出来次第、椿に挨拶して、旅立つつもりだった。



だが、本当だったら、もうとっくに旅立っていても可笑しくなかった。

なにせ大会の手紙が届いたのは一ヶ月も前なのだ。
普通だったら、今頃開催地で、大会が開催されるまで準備でもしながらゆっくりしている頃だ。


蓮だって翌日にはさっさと旅立つつもりで、
頭だけ天国に行ってしまったような心地を心底味わいながら
本当は2、3日はかかるだろう見るのも億劫な程苦手な書類を死に物狂いで一日で終わらしたのだ。



しかし、不運にも

旅立とうとした翌日に、部下が任務に失敗してしまい、
それの後始末に追われ、家にすら戻る事が出来なかったのだ。

何とか家に戻ってこれたのが三日前
だが、帰ってきたらきたらで、自分の執務室の机の上には、
思わず扉を閉めて、二次元に旅立ってしまう位の大量なる書類が陣取っていたのだ。


見た瞬間、本気で涙が出そうになったのは、一緒にいた椿も気が付いていただろうに、
「さあ蓮様。不束ですが、私も手伝いますゆえに、頑張りましょう」って

仮面してるから表情こそ分からないが、
そりゃあもう失笑するしかないって感じの雰囲気を身体中から溢れ出していた。

同情する位なら今この時だけは、この立場を変わって欲しいと、項垂れながら思ったものだ。



いや、ほんと・・・・二日はほぼ徹夜付けだったからな

今朝の朝日がどれだけ身体に染み渡ったことか・・・・




椿の手伝いのおかげで、何とか今日までに終わらすことが出来て良かった。




俺は怒涛の三日間を振り返りながら何とか書類を終わらせ、シャワーを浴び、服に着替える。


いつも、家で書類を片している時は、分かりやすく言えば深衣をもっと着易くしたような服を着ているのだが
勿論戦闘時に適した服なんかではないので、今日ばかりは違う服を用意している。


向こうの大会では、本格的な戦闘服で挑むが、開催地に着くまでは、動きやすいチャイナ服で行く事にした。


余談だが、
俺のチャイナ服は丈が長く、両腕の所に竜の刺繍が施されている。

色が藍色なのでまだ良かったが、少し目立つんじゃないのかと不安になった。

その事を正直に椿に言うと
「私の選んだ服に何か問題でも?」と、声は笑ってるのに、周りの空気は明らかに氷点下を超えてしまい

引きつった笑みでお礼を言う事しか出来なかった。


いや、別に、普段ならお前が俺の為に選んでくれた服に文句なんてある訳ないんだが
仮にも俺は今、道家の跡取り、で。

正直、そんじょそこらから命狙われてるんだぞ?
なのに、普通金色の刺繍付きの服なんて着さすか?

普通は無地だろ!っとの文句は勿論心に仕舞いましたとも。ええ





俺が丁度着替え終わったと同時に、タイミングよくノックの音が聞こえたので、入出の許可を取ると
やっぱりか、入ってきたのは椿だった。




「蓮様。円様がお呼びです」

「は?今は長期で出てるんじゃなかったか?」

「はい。実際には本人ではなく分身ですが・・・」

「はぁ・・・分かった。行ってくる。後あれ出来てるから」

「え・・・あ・・分かりました」



溜息をつきながら部屋から出ていった、もう此処にはいない主を思いながら心配そうな視線を扉に送る椿


勿論椿の顔は面で隠されているが、
椿から漏れる周りの空気までは隠せなかった。


「一週間は余裕でかかるものを、一日で終わらすなんて・・・・」


只でさえ溜まりに溜まった大量の書類をこの短期間で終わらせるという無謀にでたというのに
どうやら蓮は、普通ならこの先一ヶ月辺りの書類までも今日の朝だけで終わらしてしまったようだ。


全く。朝位出発に向けて少しでも身体を休めてと、言えば良かったと椿は少し後悔した。



しかし、椿が心配しているのは、何も主の身体だけではない・・・



蓮の実の父上であり、
中国で古くから続く名家・道家の現代当主である道・円に呼び出されたのだ。



あの人に呼び出されて・・・今まで良かった事なんて、一つもない


蓮様自身、父親と滅多に顔を合わす事はないが、
合えば必ず繰り返される嫌味の応酬に、あの方はいつも傷ついているのだ・・・・・



出来れば、今回こそ、
もう旅立ってしまう蓮様に、少しでも何かいい言葉をかけてあげてくれたら・・・と


( 叶う筈のない事を願ってしまうのは、世の常なのでしょうか・・・・)



蓮様、と心の中で大切な主の安否を気遣いながら、椿は書類を受け取る為に執務室に向かった。










*  *  *


「お待たせしました。蓮です」

「入れ」


入った先にいたのは、いつも通り厳格な雰囲気を纏った父上だった。

嫌、少し違った。
確かに父上ではあるが、これは、分身だ。


本物と瓜二つの容貌、実際に触れる事の出来る身体もそこにはあるのだが、
その身の内に流れる力が、普段の父上の六分の一もない。


今目の前にいるのは、
父であり、父の分身だ。


幻影だけなら簡単だが、実物を伴うとなると極端に難しいこの術を、
蓮の父である道・円は好んで使う事は既に周知の事実

今更驚く事も、ないのだが

ふと思う・・・
俺は一体何時から会ってないのだろう・・・と

幻影でも、術で作られし身体と精神だけの父の姿なんかじゃない・・・
血が通った・・・正真正銘の俺の父である道・円に・・・


「れ・・・れ・・ん!蓮!!」

「・・ッ!はい!。すいません。」

やばい・・・ついつい物思いに耽っちまった・・・


「全く・・・相変わらずな奴だ。そんなのだからお前はダメなのだが、まぁどうでもよい。
 それよりもお前・・・・サイキックバトルに出るそうだな」

「・・・はい」


今更そんな事を言うなんて、と嘲笑にも似た笑みを浮かべてしまった。


大会への案内状が来たその日に、
父上にはきちんと参加する旨を伝えた筈なのだ。



まぁ・・・相変わらず家にはいなかったから、即日で必ず届く手紙を送ったのだが・・・・



この様子・・・・
どうやら、手紙を見て直ぐっていう感じだな


相変わらず、俺には興味も感心もない様子の実父に、少し胸が痛んだ



一応俺は、この道家を継ぐのだが、
父上が俺を認めてくれる事は一生ないのだろう・・・・

父は・・未だ俺に、あいつ″の幻影を追ってる・・・・・




それが分かっていても、
俺はこうして、心から信じられる者と一緒に頑張るしかないのだけれど・・・・・



「行く事は別に構わん。好きにしろ」

「はい。」

そんなの今更だ。

勿論そのつもりだっと口から出そうになった。
そんな事、命の危険が迫ったとしてもいえる訳はないのだが・・・・



「好きにして構わんが、お前は一応この家の跡継ぎでもある。」

「・・・」

なるほどな。
父上が何を言いたいのか、分かってきた。


跡取りが幾ら、命の危険すらある戦いとはいえ、
そう簡単に、周囲に手の内を見せる事がどれだけ危険に繋がるのか・・・・


そう言いたいのだろうな。



「お前は確か、日本の名家であるシャーマンのアビリティーが不慣れだったな。
 この戦いで、それ以外の能力が使えなくなるように、封印しておけ」

「・・・・」

やっぱりか・・・と想像通りの言葉に、内心笑ってしまった。



父上はどうしても俺に勝って欲しくない、というか
きっとさっさと俺は殺られる事を望んでいるのかもしれない・・・・・



父上の言う通り・・・・俺は自分が扱う事の出来るアビリティーの中で、
日本名家、俗にシャーマンと呼ばれている人たちが扱うアビリティーの『ソウル』が大の苦手なのだ。



アビリティーの中で一番、精神力と集中力が必要とされる力「ソウル」


このアビリティーは、
基本霊感のあるものなら大抵の者は簡単な修行で扱う事が出来る

俺も一応は扱えるのだが、いかせん苦手なものは苦手なのだ。仕様がない


父上の言いたい事は分かったが、
つまりそれは、俺に死んで来いって事と同じなんじゃないかって思ってしまう。



「その能力だけで優勝する事が出来ぬなら、所詮はお前はその程度だって事だ」

「・・・・・分かりました。」


幾ら自分がこの家で、いらない存在だとしても
男としてのプライドまで捨てたつもりはない

此処まで言われれば、
何だかスッキリしないが、父上の言う通りにする他ない


俺は了承の意を込めて頭を下げ一礼を終えて、部屋を出た。






頑張ってこい。なんて言葉を期待なんてしていた訳はないのだけれど・・・・



何年経っても自分はいらない存在なのだと、改めて再認識してしまった。

こんな顔で椿に会う訳にはいかない、と自分に言い聞かせ
暗くなっていく思考を振り払い、自分の部屋にむかって足取りを速めた。












「蓮様!!」

部屋に入った途端出迎えてくれた椿
その表情は面で分からないが、俺を心から心配してくれていた事が良く伝わってきた。


俺は兎に角、椿を安心させようと口許に笑みを浮かべたのだが
椿を纏う空気が何だか一層辛そうになって
俺は今自分が上手く笑えいない事を知った。



「椿。頼みがある」

頼みと聞いて、今度は驚いたような顔・・というか空気をだした椿

そんなに意外か、と不思議に思ったが
そういえば俺から頼み事なんて片手で数えても余る程だった事を思い出した。


普段表情を滅多に変えない椿が、こんなに素直な態度をとるなら
頼み事ってのもそんなに悪いもんじゃないなって思えてきた。


まぁ思った所で、
これからも素直に頼み事出来るかっていったら、微妙なんだけどな









[2013/8/6]
[2014/4/8 加筆修正]


[*前へ][次へ#]

4/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!