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04,好き

 時雨につれられて着いたのは、ワンルームマンション。中に入ると、簡易キッチン、冷蔵庫、ベッドに机。後はクローゼットがある。どうせ中には何も入っていないはずだ。とりあえずそれだけ。殺風景な、寂しい感じの部屋だと思った。
 それでも、中に入って一番に感じたことは、時雨の匂いがしたことだ。そうとうキてるな、と思う。一年、離れていただけなのに。
 俺にとってはその一年がとても長く思えた。

 時雨が消えてからと言うものの、ナンバーズは全員が混乱。破壊狂がアジトを半壊させるは、悪魔から生まれてきたのではないかという男が、誰彼構わずに半殺しにするは、もともと女遊びが激しかったクソヤロウが男にまで手をつけ始める始末。チビは引きこもりが激しくなる、バカ兄弟は豚箱に入れられる、その他にもいろいろ。とにかく大変だった。俺はというと、ただひたすら喧嘩に明け暮れる日々を送っていた。

 その中で落ち着いていたのは、意外にもbPだった。bP、窪塚快はナンバーズの中で、異常なほどの時雨信者だったなだ。一言目には時雨、二言目にも時雨。時雨がいたら絶対にその側を離れなかったし、反対に時雨がいなければただのヘビースモーカー。煙草が友達、ってやつだった。

「学校」

 時雨が残した紙を見て、考えた結果がそれ。俺たちは初め、こいつ何言ってんだよって思っていた。今さら学校なんてもんに行く気はなかったし、他のやつらと馴れ合う気もさらさらない。

「シグレに会えるかもよ?」

 その一言が、大きかった。
 俺たちは【night】を捨て、ナンバーズを解散。【night】より、時雨のほうが大事だった。時雨の故郷の学校に編入。裏口入門ってやつだ。bS、高浜昴は世界を又にかける大企業の一人息子。そんなもの、朝飯前だ。しかも、金さえ払えば入れる高校。
 右を向けばヤンキー。左を向けばヤクザ。下を見れば死に掛けのやつ。上を向けば、なぜか異様なほどまでに綺麗な空がある。そんなところに俺たちは来たのだった。

「お茶でいい?」

 呑気にお茶の用意をし始める時雨。気づいているのか、いないのか。
 俺たちナンバーズは全員が全員、時雨に惚れている。今も尚、それがあるゆえに探している。
 当日、餓鬼の癖にバカやってた俺たちに声をかけてきたのは、時雨だった。その笑顔、声、仕草。女のくせに、男の俺たちより強かった。喧嘩も、心も。それに次第に惹かれていく俺たち。
 五人が気づけば十二人。それからもどんどん人が集まってくる。そこで時雨がこんなことを言った。

「全国制覇でもしてみようか?」

 【night】結成三年。それは実現した。

「あー‥なんか皆に会いたくなっちゃった」

「会えば」

 俺にだって、独占したいという気持ちはある。でもきっと時雨は、誰か一人のものになるってことはないと思う。そんなこと、考えたくもねえ。だから俺は、こういう時間を一番大事にしている。
 俺は時雨の忠実な犬。時雨のためならば、いつでも命を投げ出せる。時雨に言ったら吹っ飛ばされるからいわねーけど。
 時雨は皆のためなら死んでも構わないってやつだったから、おちおち目を離してられない。

「こっちこい」

「なに?」

 ワクワクしたような目をしてこちらに来る時雨を、胸の中に収める。こんなに小さかっただろうか。総長として立っていた時雨の背中は大きく見えた。でも今は、本当にただの女なんだな、と思う。守ってやらなければならないと、思ってしまう。
 時雨はウトウトし始めた。こいつはいつも、満足に眠れていない。誰かが側にいれば、死んだように眠る時雨。

 裏社会で親の顔も知らずに育った子供。大人たちのろくでもない遊びに振り回されている毎日。大人たちが喜ぶような人間の痛めつけ方を叩き込まれる毎日。敵地に放り込まれて、死ぬ思いをした日々。
 この間抜け面からは想像もつかないような、濃い日々を送ってきた時雨。闇に落ちてしまうこともなければ、闇に染まってしまうこともなかった。いつも俺たちに笑顔を向けて、泣きたいのは時雨のはずなのに、それはいつも俺たち。

「バカ面」

 眠りについた時雨を見る。その唇に己の唇を重ねる。
 目覚めることは、決してない。




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