『よお、シグレ元気にしてるか?』
電話の向こうからは聞きなれた声が聞こえてくる。bR村上俊也。こいつとは幼いころからの付き合いだ。
「ああ」
村上の質問に簡単に答える。電話の向こうでは村上が笑っていた。
『相変わらず素っ気ないな』
俺は村上にわかるように大きく溜息を吐く。人と話すのをあまり好まない俺は、電話というものが嫌いだ。時雨はまた、別の話だが。
「なんの用だ」
出来る限り早くに電話を済ましてしまいたい。電話を耳に当てているという仕草がもう面倒臭い。
『クボヅカのことはもう、薄々気づいているだろう?』
「……」
『気づいているのは俺とお前だけだろう』
bP窪塚快。一番時雨に近く、時雨を知っている。窪塚は俺たちナンバーズの中で一番謎の存在だ。時雨が【night】を出て行くことも知っていたようだった。そのことを俺たちに言わなかったのは、時雨の事を思っているからだろうか。
俺たちは時雨の事を何も知らない。時雨は自分の親の顔も生まれた場所も知らないと言う。時雨は自分のことを語らない。
『なんで俺たちは【night】なんてものを作ったんだろうな』
子供なりの反抗だと時雨は言った。
『シグレとクボヅカ、あいつらの関係ってなんだろうな』
恋仲ではないことは確かだ。窪塚は時雨命というヤツだったが、二人が一緒にいるとき、兄弟と思える関係だった。窪塚は時雨に対して家族という思いがあるようだ。
『あいつらの出会いって、なんだろうな』
俺のように染めた金ではなく、綺麗な黄金色の髪にグレーの目を持つ窪塚。こんな日本人がいてたまるか。それに今ではもうすっかり抜けたが、会った当初は片言の日本語で話をしていた。
『……何回この話、したんだろうな』
村上はそう言ってまた笑っている。俺と村上は過去、何度もこの話をしている。窪塚にいろいろと聞いても、分からないと言うばかり。時雨に聞いても、はぐらかされるだけだった。
あの二人は、何かがある。
大人たちに好き放題され、夜の街を幾つも歩かされたと時雨は言っていた。それがどんなものだったのか、それは分からないが、当時の窪塚を見るとそれが決して楽しいものでないことが見てとれた。何者にも怯え、時雨しか受け入れることができない。人間不信に陥っていた。
『で、シグレは相変わらずの馬鹿か?』
「……ああ、変わってない」
そうか、と言って村上は溜息を吐いている。
『会いたいな』
「別役に殺されるぞ」
『はは、そうだな』
別役は村上を嫌っている。村上は、俺たちが決して触れなかった禁忌に触れてしまったのだ。そのことを知っているのはbPの窪塚からbU別役まで。
『俺のこれはもう、病気だ』
実の母親に抱かれた男。その感覚が今もまだ消えない村上は、それを誤魔化すように女を抱いている。そして時雨を想いすぎ、狂ってしまった男。
『はは、どうしようもねえな』
きっと、いまも毎日誰かを抱いているだろう。
「……今、【night】はどうなってる」
俺は村上を幼いころから知っている。あいつが母親に抱かれたことも、知っている。
アイツが何を思い女を抱いているか、それを考えると俺すらも村上を可哀想だと同情してしまう。
こんな話は俺も、そして一番は村上が話したくないこと思い出したくないこと。俺は話を変える。
『ギリギリでやってるみたいだ』
それを聞いて、俺は何とも思わなかった。
時雨が抜けた【night】。各地のチームはそれと同時に【night】から抜けていき、解散をするチームまであった。【night】はまだ、いろいろな意味での全国制覇を遂げている。
『あ? ああ、マツカワだ……代わるか?』
電話の向こうから村上とはまた違う、別の声が聞こえてくる。
「代わらなくていい」
俺はそれだけ言って電話を切った。
今頃、時雨の家には森がいるはずだ。あの腹黒は人の話を聞かない。
高浜は高浜で、笑顔で時雨の家の鍵を全員に渡していた。
「……はっ」
これからどんなことがおこるのか楽しみであり、面倒臭くもある。ただ願うのは、もう時雨がいなくならないこと、ただそれだけだった。
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