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33,私の名前

「そうだ、あだ名を決めよう」

 突然、なんの前触れもなくこんなことを言い出す時雨。
 アジトの中には俺と時雨しかいない。なんとも危険な状況だ。俺の理性がもつかどうかが心配だ。

「あだ名って、苗字呼べばいいだろう?」

「それじゃあ、面白くない」

 どうして時雨はいつもこうなのだろうか。面白いことには目を光らせる、興味本位だけで行動して、今までは運がよかったものの、危ない橋を幾つも渡ってきている。

「まあ、とりあえずクボヅカはそのままで」

 なんでだ。本当にあだ名を考える気はあるのだろうか。

「マツカワは……下の名前に関するのはだめだな」

 松川は岬という名前にコンプレックスを持っているらしい。女みたいな名前だから嫌だと言っていた気がする。あいつって、そういうところこだわるな。

「タカハマはタッチャンで」

「早いな」

「うん? だって俺、タッ●に嵌ってるから」

 そんなんでいいのだろうか。

「モリは……下の名前で呼ばないとバイクで突っ込まれるし」

 そういえば、一度森と名前を呼んで怒られていたのを思い出す。

「ユウキだから、無難にユウクン? ユウチャン?」

「あー……どっちでもいいんじゃないか?」

「考える気あるのかよ」

 ないよ。時雨が勝手に言い出したことだ。俺は適当に苗字なり何なりで呼ぶから構わない。

「女みたいにかわいいからユウチャンで」

 それ、本人の前で言わないほうがいい。女みたい、という言葉はあいつの前では禁句だ。殺される。

「残るはマツカワとムラカミだけか」

 松川はいいとして、俺の名前はまともにしてくれ。

「マツカワ……マッチャン」

 お茶みたいな名前。

「だめだ、面白くない」

 人の名前に面白さを求めるのはどうかと思うが。まあ、時雨の好きなようにすればいい。

「マツ、カワ、マツカ、ツカワ、カワマ…」

 初めの二つはわかるとして、他のはもう名前ではない気がする。

「マツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワ」

 呪文のように名前を繰り返し呼び始めた。なんだか経を聞いている気分だ。

「マツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツカワマツッッンアー!」

 噛んだことを誤魔化そうといていたが、バレバレだ。
 俺は思わず吹き出した。

「なんだよ、噛むことぐらいだれだってある!」

 そう胸をはって言う姿が面白い。

「あー、もうマッツンでいいや。噛んだときこんな感じだっただろ」

 適当だ。なんだか松川がかわいそうだと思った。

「じゃあ次はムラカミだなー」

「まともなのにしてくれよ」

 それだけが俺の願いだ。

「ムラカミ、シュンヤ」

 時雨は顎に手を当てて考えている。いろんな表情をして、見ていて飽きない。

「シュンシュン」

 なんの効果音だ。

「二つもいらないだろう」

「いや、いる!」

 なんで?

「クボヅカ、マッツン、シュンシュン、タッチャン、ユウチャン。うん、決定」

 本人の意思なく全てが決まる。
 これがまだ幼かった俺たちが決めた名前。
 五人に、この名前を自信満々に言う時雨。窪塚が悲しそうにしていたのは見なかったことにする。
 時雨のネーミングセンスはいまいちだと、この時わかった。
 これはまだ、俺たちが六人しかいなかったころの話。




あきゅろす。
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