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32,楽しかったよ

「これで終わりかな」

 終わってしまったことに寂しさを感じつつ、でも妙に清々しい気分だった。雨が降る中、俺は夜空を見上げていた。雨が降っているにもかかわらず、月が綺麗な夜だった。

「いや、あいつらは終わらないな」

 俺はただ、彼らが自分無くして生きていけるよう願っている。きっと、やっていけるだろう。彼らには仲間ができた。もう、自分の出番は終わった。

「行くか」

 俺は絶対に後ろを振り向かない。振り向いてしまえば、そのまま彼らの元へ戻ってしまいそうになるから。
 俺は、彼ら無しでは生きていけなかった。
 でも、今からは彼ら無しで生きていかなければならない。

「ごめんな」

 無責任に彼らを捨ててしまうこの俺を、彼らはきっと許してはくれないだろうけれど、けれど俺は謝る。謝ることしかできないから。
 ふいにジャージの右ポケットが震え出す。俺は中に入っている携帯を取り出し、通話ボタンを押す。耳にあて、聞こえてくる声は聞きなれた男の声だ。

「あのアパート、潰れて新しいマンションができたんだ」

 思い出すのは故郷。四人からニ人になるまで、俺たちはあそこにいた。

「うん、わかった」

 これから住む俺の家が決まった。俺は携帯の電源のボタンを押して、通話を切る。

「これも、いらないか」

 携帯を地面に叩きつけ、それを思い切り踏みにじる。
 彼らには、自分の行く道があったはずだ。それを、俺が捻じ曲げた。
 俺は俺の行く道を行く。だから、彼らには彼らの道を行って欲しい。

「ばいばい、【night】」

 長く続いた俺の夢を、ここで終わらせよう。

「どこに、いくんだ」

 後ろにはきっと、今にも泣きそうな顔の窪塚がいるだろう。
 俺は窪塚の質問には答えない。

「俺も、連れて行って」

 連れては行かないよ。

「一人にしないでくれ」

 もう、一人じゃないだろう?

「俺の名前は、何だったっけ」

「……快」

 彼の名前を呼んでやる。

「君の名前は快だよ。あの時から、そしてこれからずっと、快だよ」

 嘘に嘘を重ねて、君は辛い思いをするかもしれない。けれど、そう生きていくことを選んだのは君なのだから。
 人一人分の生は重い。
 それを、弄んではいけないのだから。君はそれをよく分かっているはずだ。

「快は生きなければいけない」

 俺はそれだけ言って、走り出す。窪塚が追ってくる気配はない。
 それで、いい。

「俺も、生きなければいけない」

 今から俺が向かうのは、彼らのところではない。一人寂しく、生きていく。
 彼女は一体、何を思いながら彼を待っていたのだろうか。
 生きているうちに一度でも母さんと呼びたかった。でもそれは、許されないこと。せめて今から向かう、俺の家の裏山にあるお墓に、赤く綺麗な薔薇の花を飾ろう。
 薔薇は彼の生き写しだと、好んでいた花。
 あなたが愛した彼を、お墓に飾ろう。




あきゅろす。
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