腕の中には時雨がいる。ベッドに横たわって、腕枕をして、時雨の体を抱いている。俺はというと、時雨の首に顔をうずくめている。時雨は今にも寝てしまいそうだ。
そんな時雨の首をべろりと舐め上げると、時雨の体がぴくりと反応する。
これ以上ちょっかいを出さないようにしないと、俺の理性がぶっ飛びそうだ。この状況でもギリギリなのに。いや、俺が無理やりこういう状況にしたのだけれど。
「タッチャン」
「なに?」
久しぶりの時雨の感覚に酔っていると、時雨が不思議そうに聞いてくる。
「一人で来たの?」
「…うん」
本当は別役も連れてこようとしたのだが、忙しいと言われ断念しざるをえなかった。会いたいくせに意地ばっかりはるんだから、本当に馬鹿。
「シグレ」
「今度はなに?」
「ベツヤクに会いにいこう」
「え」
反応からして、別役に会いたくないのだろうか。もしかして俺にも会いたくなかったのだろうか。
「嫌じゃないけど、むしろ皆には会いたいけど」
それを聞いて俺は安心した。
「でもさ、あのベツヤクだよ?」
言いたいことは分かるが、会って早々暴力なんて振るわないだろう、多分。
「な、なんか…襲われそう」
それはあり得そうだ。
「俺と一緒なら大丈夫…だよ」
これに関しては俺に自信は無い。
そして時雨は何も答えてくれない。
自分からチームを抜けているのに、自分から会いにくいのに気が引けるのだろう。けど、今となっては当時のナンバーズは全員チームから抜けているのだから。
そして、問題はあの別役だ。時雨から会いに行かなければ、一生もうあえないような気がする。
「あのね、タッチャン」
時雨は俺の顔に包むようにして両手を添える。
時雨のその目は、あの頃と何も変わっていなくて、なんだか泣きそうになった。
「なに、やってる?」
突然、男の声が聞こえてそちらを向くと、そこには松川がいた。怖い顔で。
「あ、マッツン」
「マツカワ、ばか」
「タッチャン、どうしたの?」
俺は松川にそれだけ言って、時雨に背中を向けた。
「ちょっと、マッツンの所為でタッチャンが不機嫌になった」
「しらねーよ」
後ろではそんな会話が続いている。
「マッツンの顔が怖いからだよ」
「うるせえ」
「ほら、にこやかに笑ってみなさい」
俺たちに黙って時雨に会いに行った。
でも、時雨に会うきっかけを作ってくれたのも事実。
「マッツン、そんなんじゃ喫茶店のアルバイトはできないよ?」
「やらねーよ」
「ほら、タッチャン。もう怖くないよ」
時雨は俺の頭を撫でている。それを見ている松川の顔が想像できる。
「はは」
やっぱり、俺はこういう空間が好きだ。
「何か面白いことでもあった?」
「…秘密!」
思いっきり振り返って、時雨に抱きついた。その瞬間に松川の眉間の皺が倍増。
『なあ、笑えよ』
そっと手を差し伸べてくれる。時雨と出会わなければ、今の俺はもちろんいない。
『籠の中から出てこいよ』
あの時のことは決して忘れない。
そしてこれからも。
もう、時雨を見失ってしまわないように。
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