「はい、フレンチトースト」
「はーい」
忙しい。本当になんでこんなに忙しいのだろう。
今朝早くに、店長から電話があった。私はその電話で目が覚めた。
「もしもーし、シグレくんかな?」
「あー、どちら様で」
「ひどくない? 店長さんだよ、店長さん」
「冗談ですよ」
自分のこと店長さんって…イタイな。
「今日、バイト来てもらえるよね?」
「はあ、まあ暇なんで」
「今日は忙しいような気がする!」
え、それだけ?
そんなこんなで働いています。店長の予想通り本当に忙しい。店長、一体あなたは何者ですか。
「サイトウさん、二番テーブル注文入りました」
斎藤さんに注文リストを渡す。慣れているのだろう斎藤さんは、すばやく作業する。そして私は出されたものをテーブルに運んでいく。これの繰り返し。
「ありがとねー」
店長はレジで忙しそうにお客と話していた。両方とても楽しそうだ。
それからしばらくして、先ほどの忙しさが嘘のように暇になった。お客は誰一人いない。
「シグレ、今日はもうあがっていいよ」
斎藤さんにそう言われ、あのダサいエプロンを脱ぐ。どうしてか、斎藤さんはこのエプロンがとても似合う。口に出したら怒られそうなので止めておく。
「シグレくん、シグレくん」
「はい?」
店長に呼ばれ振り返ると、ピンクの袋を渡された。受け取った感じ、四角いものが入っているようだ。それより、なんでまたピンクなんだろう。
「新しいメニューなんだ。家に帰って食べて、感想待ってるから」
「…ありがとうございます」
本当は今すぐにでも食べたいのだけれど。斎藤さんの手作りサンドイッチらしい。
そして私はお礼とさよならを言って、喫茶店を出ようとする。すると新たなお客が入ってきた。
薄い茶の髪にまだ幼さが残る、しかし整った顔。その男の子はにこりと笑って私に抱きついてくる。
「シグレ…会いたかった!」
今ここに天使が舞い降りた。
「久しぶりだね、タッチャン」
頭を撫でると、やわらかい髪質で気持ちいい。
元【night】bSの高浜昴は私の体をぎゅうと抱いている。小さい子みたいだ。
かわいい、癒される!
「な、な、な、タカハマ君!」
しまった、店長がいることをすっかり忘れていた。
「タナカ…コウゾウ?」
高浜は店長を怪しげに見ながら、店長のフルネームを呟く。
「ん、知り合い?」
「うん、カメラでシグレを撮ってたからボコボコにした」
さいですか。
そろそろここから出ないと危険だ。店長が興奮する前に
「はあはあ、ああ、ちょっと待ってくれ…しゃ、写真を」
もう手遅れでしたか。
「じゃあ、失礼します。さようなら!」
二回目のさよならを言って、逃げるように喫茶店から出て行く。片手には斎藤さんお手製のサンドイッチ、もう片方の手には高浜を掴んで。後ろからま、まってえ〜とか聞こえたけど、知らない。
「あ、公園」
高浜はというと、のん気にマイペースだ。そして私の腕に自分の腕を絡めてさらにはカップル繋ぎときた。
ときめくよね。
「今度一緒に来ようね」
「うん」
小学生か。でもかわいいからいい!
「あのタナカって人、ボコボコにされながら『私はタナカコウゾウです、以後お見知りおきを!』って言ってた。気持ち悪かった。」
「へえ〜」
何やってんの店長。その前にそんなのが店長でいいのか。
「シグレ」
「ん?」
「あ、あのね」
「なに?」
高浜を見ると少し顔を赤らめている。なにこのかわいい生き物。
「どしたの?」
「えっと…」
「?」
もしかして告白、告白ですか? わ〜、どうしようかなあ。アイキャンフライと叫びながら走ってみようか。
「…しよう」
「え、なんて」
「ちゅうしよう?」
予想もしない言葉に鼻血が出そうだ。
キスのことをちゅうって…いや待てよ、落ち着け自分。もしかしてちゅうとはねずみのことで、ねずみしよう、かもしれない。ねずみ、ねずみをどうするんだろう?
そんな風に考えていると急に顎を持ち上げられる。
「…」
「えへ」
かわいらしく笑う高浜がいて、唇にちゅうされた。
一体この子は何を考えているんだろうか。
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