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18,自慢のコレクション

 斎藤さんの話によると、谷川が男と一緒にここ、根性で何やら話をしていたらしい。
 最初は何もなかったが、次第に声が大きくなっていき、口論が始まった。そして気がつくと谷川が男をボコボコに殴っていた。
 営業妨害、そして男の心配をして店長が喧嘩を止めにいった。よっぽど谷川はキレていたのだろう、店長を殴り飛ばした。そして怒りの矛先が何故か店長に向かい、今度は店長がボコボコにされた。
 それまでは傍観していた斎藤さんだが、さすがに店長がボコられているのを見て、止めに入ったらしい。
 ちなみに斎藤さんとは、根性でバイトをしているスタイル抜群のきれいなお姉さん。

「手がつけられないバカ餓鬼だよ、アイツは」

「‥‥そうですね」

 結果、店長の右腕にヒビが入ってしまった。ちなみに店長の主な仕事はキッチン、そして右利き。

「私もキッチンに入れるけど、それじゃあフロアを回すやつがいなくなるんだ」

 そういうわけで、谷川に臨時バイトをしてもらうことにしたらしい。

「それでやっと来たと思ったら、逃げやがった」

 そして私がバイトをすることになってしまった。
 私、関係ないよね? どっちかというと、部下の失態ということで総長君が責任を取るべきだ。

「あー、代わってやりたいのは山々なんだけど‥‥俺、ここの店長苦手なんだ」

「ハギワラが? だめだめ、店長が狂うから」

 ここの店長って一体どんな人なんだろう? 不良が苦手とか。それならこんなところに喫茶店開かないよね。

「はい、これ」

 斎藤さんに渡されたのは、ピンクの生地に金の文字で根性と大きく書かれているエプロン。
 もしかしてこれ着るの? ってかデザインしたのは誰ですか、店長ですか?

「慣れればどうってことないから」

 私の気持ちを察したのかどうか、そう言ってくる斎藤さん。あれかな、斎藤さんも最初は恥ずかしかったのかな。なんだかかわいい。

「えーと、シグレでいいんだよね?」

「はい」

「私のことはなんて呼んでくれてもいいから」

「サイトウさん」

「とりあえず店長に挨拶してきて。二階にいるから」

 斎藤さんが指差した先、そこには上に続く階段があった。

「じゃあ、いってきます」

 私は階段をあがる。

「気をつけて」

 今、下から聞こえた言葉はなんですかね。階段から落ちないように気をつけて、の意味ですか?
 上まで上がりきって、前には二つの扉。左の扉には、斎藤那々美と手書きで書かれたプレーとが掛けられている。どうやらこちらが斎藤さんの部屋らしい。
 そして右は‥‥どうしたんだろう、この扉。多分、こっちが店長の部屋なんだろうけど、入りたくない。というか、触れたくない。

「‥‥」

 左は白い扉なのに、なんで右はピンク。そして、チーム一筋、と金の文字ででかでかと書かれている。なんだかよくわからない旗とか、いろいろ付いている。
 ここの店長大丈夫かな?
 私は嫌々、インターホンを押す。そのボタンには押忍! と書かれていて、ちょっと押したくなかった。

「だーれだ?」

 扉が開いて中から出てきたのは、顔にはガーゼ、腕には包帯というなんとも痛々しい格好の丸眼鏡で細い男。

「ああ、タニカワの身代わりになっちゃった子だね。ナナミからさっき、電話で聞いたよ」

 どうやらこの丸眼鏡の細い男が店長らしい。
 店長は入って、と私を部屋の中に促す。私は少し緊張しながら中に入った。

「‥‥」

 一瞬で私の体は固まった。

「あ、すごいでしょ! ここまで集めるのに苦労したんだ!」

 部屋の壁や天井に貼られている写真。壁の色が何色かわからないぐらいに敷き詰められている写真の中には、私の知っている顔もちらほらあった。総長君がいて、ナンバーズがいて、私がいた。

「ジャージに帽子にサングラスのこの人は、前【night】の総長なんだよ。格好はこんなんだけと、強くてかっこいいんだよ!」

 あ、ありがとう。
 って言っている場合じゃなくて、いったいどうやってこの写真を撮ったのだろうか。明らかに隠し撮りだよね?

「いやー、写真撮ってるのばれて、ボコボコにされたのを覚えてるよ」

 すごく楽しそうな店長。

「座って座って」

 店長にそう言われ、私は小さな丸い机の前に座る。自分でも顔が引きつっていれのがわかる。私はいけないところに来てしまったのかもしれない。
 暫くすると机の上にティーカップが置かれた。匂いは紅茶。でも、この店長だから紅茶に見せかけて実は! とかありそう。
 向かい側に座った店長を改めて見る。まだ二十代後半といった感じ。顔に貼られているガーゼが痛々しく気の毒だ。

「上を見て」

 私は言われた通りに上を向く。やはり上にも写真が貼られている。少し壁に貼られている写真と違うのは、大きさ。四倍ぐらい大きいし、そのほとんどがナンバーズ。

「一番撮るのが大変だったんだ。」

No.1の窪塚からNo.12の末吉まで、きれいに並べられている。その全てが隠し撮りで、しかしその全てはきれいに撮られていた。

「あれが【sky】の総長、副総長。こっちが【sun】であっちが【bird】」

「‥‥店長」

「僕の名前はタナカ コウゾウ。なんて呼んでくれても構わないよ。で、どうしたの?」

「じゃあ、タナカさん。これって、れっきとした犯罪じゃあ」

「違うよ!」

 何が違うの?

「これは言わばロマンなんだよ、ロマン!」

 でも犯罪は犯罪だ。人のこと言えないけど、さすがにこれはすごいぞ。

「チームの良さを話し出したら止まらなくてね。そりゃあもう、一日じゃ足りないよ。いや、話したいんだよ、君にも良さを解ってもらいたいんだよ? え、え、え、聞いてくれる? 聞いてくれる?」

「遠慮します!」

 そう、と残念そうな店長。
 この店長、恐ろしい。

「ま、バイトの事は気楽にやってくれればいいから」

 店はどうでもいいんですか?

「基本、忙しくないから。忙しかったら連絡するし。連絡した時に、来れるんだったら来てね」

 アバウトすぎませんか? それにしてもさっきとは打って変わって、クールですね。この温度差は何?

「まあ、ナナミはよく働いてくれるし、特に困らないかな」

 斎藤さんは困ってますけど。

「給料もちゃんと出るから安心して! タニカワに渡らないように気をつければなんとか大丈夫。」

 もしかして私が働いたお金、谷川は盗る気ですか?

「ま、とりあえず頑張れ!」

 店長にそれだけ言われ、私は下に降りた。そこには心配そうな斎藤さんと総長君がいた。

「なにもされなかった?」

「まあ、一応」

「顔が疲れてるぞ?」

 疲れるでしょう。そういえば、出された紅茶飲んでない。いや、飲まないほうが良かったのかな。

「まあ、大体想像はつくけど。」

 斎藤さんは苦笑しながら言う。斎藤さん、いつも大変なんですね。

「連絡先はハギワラから聞いてるから、今日は家に帰っていいよ」

 総長君、何を安々と私の連絡先教えてるの。そう突っ込む元気も、今はない。

「サイトウさん、また」

「ん、お疲れ」

 私は総長君と肩を並べて家に帰る。
 なんだか最近、疲れる生活を送っているような気がする。
 とくに、谷川谷川谷川。
 でも嫌いじゃないと思ってしまったその思いを、胸にしまいこんで空を見上げた。
 隣にいる総長君も、迷惑をかけてくる谷川も、嫌いじゃない。
 それもまた、胸の中にしまいこんで、私は家に帰る。




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