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17,泣いて泣いて泣いて

 今は教室。いつものことながら総長君に抱きつかれています。なんだか今日は総長君の腕に力がいつも以上に入っていて、苦しくて仕方がないんですけど。

「はなして」

「‥‥」

 先程から離せと言っても無視を決め込む総長君。寝ているはずはない。なぜなら

「別にチクサと何もないから」

「‥‥」

 これもまた無視だが、体がピクリと反応している。どうやら昨日の事で怒っているらしい。なんで怒っているかなんて知らないけど。
 今日は珍しく谷川がいない。うん、平和だ。

「ふざけてんじゃねーぞ!」

「はあ? ナマ言ってんじゃねえ!」

 教室ではいつもの殴り合いが始まって、チャイムが鳴った。教師が教室に入ってきて、黒板の前に立つ。今から授業が始まるのかと思ったけど、手に持ったチョークで黒板に書かれたのは自習という文字。それも堂々と書かれているのではなく、控えめに。自習用であろうプリントを教卓の上に置いて、教師は去っていった。
 これもまた、いつものこと。いつもならそのプリントを取りに行くのだが、この状況じゃあ無理そうだ。それにプリント見てもわからないし。そういえば総長君は勉強できるのだろうか。

「総長君」

「‥‥」

「総長君って勉強できるの?」

「‥‥」

 無視かよ。

「‥‥おい」

「‥‥できる」

 返ってきた答えに驚く。総長君も勉強できないと思っていたから。

「へー、何の科目?」

「保健」

 総長君にまともな答えを求めた私が悪かったよ。

「‥‥教えてやろーか?」

「遠慮します」

「そうか?」

 久しぶりに上げた顔はいつものように無邪気に笑っていて、手癖の悪さもいつも通りだった。最近思ったのだが、もしかして総長君ってマゾ?

「シーグーレ!」

 急に、本当に急に私の前に現れた谷川。その顔はとてもにこやかで、いつもの谷川じゃなかった。

「お願いごと聞いてくれる?」

 なんだか今日はかわいい。かわいいけど、背中に冷たいものを感じるのは気のせいですか? 気のせいであってほしい。

「‥‥いやです」

「まだ何も言ってないじゃん」

 シュンとなる谷川。どうしよう、私ってかわいいものに弱いんだよね。

「話ぐらい、聞いてくれたって‥‥」

 顔に手を当てて、肩を小さく揺らしながら泣き出してしまった谷川。え、これって私が悪いの?

「え、いや、え?」

 困って総長君を見ると、顔を俯かせて今度こそ本気で寝ていた。周りを見てみるが、救いの手を差し伸べてくれる者はいなかった。一部の人間からは目線で攻撃されている。

「まあ、話を聞くだけなら」

 ろくでもない話だろうとは思うが、聞くしかないらしい。

「まじで! あのなあのな!」

 嘘泣きかこのやろー。
 さっきとは打って変わって目をキラキラ輝かせながら、ペラペラと早口で話し出す谷川。すべて右耳から入って左耳から出ていく。

「で! シグレに俺の代わりをやってもらいたいわけよ!」

「え、なんの話?」

 聞いていなかったから何の話かまったくわからない。谷川はそんな私を見て、溜め息を一つ吐く。

「俺の代わりに喫茶店のバイト、やってくれるよね?」

「バイト?」

「そ、バイト」

「‥‥時給いくら?」

「え、ないよ」

「は?」

 給料なしのただ働きですか。それを私にしろって?

「自分でやりなよ」

「やー、めんどい」

 最悪だこいつ。

「絶対にいや」

「はあ? やれよ」

 最終的に命令かよ。横暴だよこの子。

「まあ、ついてきてよ」

 着いて来いって言われても、無理。行きたくないし、それに総長君に抱きつかれて動けないから。ちょっと総長君に感謝。

「総長、シグレから離れて」

「‥‥」

「総長も来ていいから」

 それまで眠っていたはずの総長君は、ぱっちり目を開けて顔を上げている。あんたは小学生か。

「後で写真あげるから」

「早く行くぞ、シグレ」

 早いな、オイ。てか写真って何。
 私は二人に無理やり立たされ、右に総長君、左に谷川というなんとも嫌な立ち位置で教室から出た。谷川に至っては、逃がすかの言わんばかりに腕を掴んでくる。痛いんですけど。

「今から行くんですか」

「うん。早いほうがいいからね」

 谷川の顔が嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
 それから門を出て、私の家とは反対方向に歩いていく。しばらく歩いていると公園がある。そこでは小さな子供達が楽しそうに遊んでいることはなく、代わりにスウェットを着た頭が派手な兄ちゃんたちと、特攻服を着ておまけにマスクをつけているお姉さま方がいた。ここではいつも絶えず喧嘩が続いている。今日はお姉さま方の喧嘩のようで、おらおら言いながら猫パンチを繰り出しているその姿は、あまり見たくはなかった。

「ここだよ」

 着いた先、公園の入り口真正面。

『喫茶店・根性』

 絶対に喫茶店ではないと思う。ものすごい圧迫感を感じる。
 それからずんずんと中に入っていく谷川。お客はやはりというべきか、不良たちのようだ。意外なことに、喧嘩が始まっていることはなく、ちゃんとイスに座ってご飯を食べていたり、飲み物を飲んだり、寝ている者もいた。
「タニカワ」

「おー」

 声がしたほうに向くと、茶髪ロングヘヤーのスタイルがいいきれいな人がいた。羨ましい。

「あ、こいつシグレね。シグレが働くから」

 もう決定事項なんですか。私の意見は無視ですか。

「テメーが働かないと意味ねえだろ」

 そうそう、もっと言ってやってくださいよ、きれいでスタイルのいいお姉さん。

「えー、俺が仕事しないのわかるでしょ」

「わかるよ」

「だったら働いてくれる人がいいと思わない?」

「思うよ」

「だったらシグレ」

「お前を無理やり働かすから構わない」

「‥‥っち」

 このお姉さん強い。あの谷川を黙らせた。
 話はそれでまとまったらしく、谷川も渋々お姉さんの後についていった。厨房に入っていくのを最後まで見届けてから、私は総長君と顔を見合わせた。

「一件落着?」

「そんな感じだな」

「んー、じゃあ帰ろうか」

「シグレ」

「うん?」

「昼飯食っていかねえ?」

「それいいかもね」

 谷川が働いている姿を見ることができるかもしれない。そんな風に心躍らせていると、突然厨房からガラガラガシャンという音が聞こえて、怒鳴り声が聞こえてきた。
 店内は静まり返る。すると厨房の中から、あのきれいなお姉さんが出てきた。イスに座ろうとしている私を見て、しばらくの間止まっていたかと思うと、私の方に一直線に歩み寄ってくる。
 嫌な予感がする。
 お姉さんは私の目の前で止まりこう言った。

「今日からお嬢さんが働いてね」

 やってらんない。




あきゅろす。
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