門をくぐれば、荒れ果てた校舎。侵入者大歓迎と言わんばかりに割られた窓ガラス。校舎の後ろには大きくそびえ立つ山。左を向けば校舎に不釣り合いなきれいな図書館。右を向けば、この学園の生徒たちが生活をしている寮。
ここは鷹秋学園、そして全寮制の男子高校。
その寮の一番上、山側一番端にあるのが生徒会室。そこから見える空は暗く、月が見えている。そんな時間にあいつらは帰ってきた。
「ただいま」
「‥‥」
一方は上機嫌、一方は泣いていたのだろう、目が赤く腫れている。
「お前が泣かせたのか、チクサ」
「違う」
それならば誰が高浜を泣かすのだろうか。どうせ千種が時雨のことについて何か言ったのだろう。
高浜が泣いているのを見たのは、時雨がいなくなったとき、冗談で誰かが時雨は死んだと言ったとき。
「で、こんな時間まで何してた?」
「ナイショ」
「‥‥」
千種の機嫌がいいところは最近見ていない。よほどの事があったのだろう。
「へえ、俺に隠し事か?」
「‥‥」
「別にかまわないけど?」
「‥‥」
「そういえば俺、最近体が鈍ってるみたいなんだけど」
「‥‥シグレのとこ行ってた」
「‥‥」
まさか時雨の名前が出てくるとは思わなかった。そうか、そういえば千種は時雨以外のことで感情を表に出さなかったな。嬉しく感じたり、悲しく感じたり、時雨がいなければ感じなかったよな。
「ベツヤクも誘おうと思った」
千種の隣では、高浜が縦に首を振っている。
「でも忙しそうだった」
それは誰のせいだ。
不意な事で生徒会長をやる羽目になった。もちろんこいつらも道連れだ。元はといえば、原田と末吉が前の生徒会長を病院送りにしたのが悪い。高浜と千種も一緒になってボコっていた。俺、関係ない。
溜め息を吐く。こいつ等は勝手な行動が多すぎるのだ。そして時間を守らない。
「ムカツクことがあった」
急に千種の声のトーンが下がる。俺も高浜も、千種のほうを見る。
「ハギワラが、ムカツク」
それは誰もが思っていることだろう。窪塚と松川が何を思っていれかはわからないが。
「アイツ、シグレに近づきすぎ。チョーシにのってるよ、あれ」
どかりと千種はソファに座る。そしてポツリとこう言った。
「消えないで、シグレ」
その一言に俺と高浜は顔を見合わす。そして視線を千種に戻す。
「‥‥」
「寝てる、ね」
高浜が柔らかく笑った。
「あのね、俺、ピエロになったよ」
嬉しそうに高浜は俺に話してくれる。
「シグレの楽しそうな顔、俺、嬉しかった。だから、いろいろと芸を見せたんだ。そしたらね、昔みたいにシグレ笑ってたよ。花が咲くように、純粋で、きれいな、でもバカな笑顔。」
今でも鮮明に時雨の顔を覚えている。怒った顔、悲しい顔、嬉しい顔、怖がっている顔、そして笑顔。一度だって夢に出なかったことはない。
「それで、昔みたいに『たっちゃん』って呼んでくれた。嬉しくて、涙が出て、なんだか救われたような気持ちになった。でも今会ったら、シグレがまたいなくなりそうで怖かった。面と向かって会えなかった。そろそろ俺って病院が必要かな」
楽しそうな高浜を見て、なんだか俺も嬉しくなった。それを表に出したりはしないけど。
ここまで高浜が喋っているのがとても珍しく、そしていつものことだった。いつも時雨に言葉足らずで、でも一生懸命に気持ちを伝えていた。俺は高浜のそういうところが嫌いではない。
「おやすみ、ベツヤク」
その細い腕のどこにそんな力があるのだろう、自分よりも背の高い千種を軽々と持ち上げる。それから部屋に戻っていった。
「‥‥どいつもこいつも」
俺は先ほどまで千種が座っていたソファに深く腰掛ける。
そうか、時雨は昔から何も変わっていないのか。
「楽しいか?」
「うるせえ」
初めて言葉を交したとき。第一印象は最悪、嫌いだと思った。まあ初対面で殴り合いを始めたからな。
「ハギワラ、か」
アイツはいつか俺が始末するからいい。
「シグレ」
自然と笑みが零れていた。遠くない未来、きっと俺は時雨に会いに行くだろう。その時は取り合えず襲ってやろう。
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