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16,気配

 門をくぐれば、荒れ果てた校舎。侵入者大歓迎と言わんばかりに割られた窓ガラス。校舎の後ろには大きくそびえ立つ山。左を向けば校舎に不釣り合いなきれいな図書館。右を向けば、この学園の生徒たちが生活をしている寮。
 ここは鷹秋学園、そして全寮制の男子高校。
 その寮の一番上、山側一番端にあるのが生徒会室。そこから見える空は暗く、月が見えている。そんな時間にあいつらは帰ってきた。

「ただいま」

「‥‥」

 一方は上機嫌、一方は泣いていたのだろう、目が赤く腫れている。

「お前が泣かせたのか、チクサ」

「違う」

 それならば誰が高浜を泣かすのだろうか。どうせ千種が時雨のことについて何か言ったのだろう。
 高浜が泣いているのを見たのは、時雨がいなくなったとき、冗談で誰かが時雨は死んだと言ったとき。

「で、こんな時間まで何してた?」

「ナイショ」

「‥‥」

 千種の機嫌がいいところは最近見ていない。よほどの事があったのだろう。

「へえ、俺に隠し事か?」

「‥‥」

「別にかまわないけど?」

「‥‥」

「そういえば俺、最近体が鈍ってるみたいなんだけど」

「‥‥シグレのとこ行ってた」

「‥‥」

 まさか時雨の名前が出てくるとは思わなかった。そうか、そういえば千種は時雨以外のことで感情を表に出さなかったな。嬉しく感じたり、悲しく感じたり、時雨がいなければ感じなかったよな。

「ベツヤクも誘おうと思った」

 千種の隣では、高浜が縦に首を振っている。

「でも忙しそうだった」

 それは誰のせいだ。
 不意な事で生徒会長をやる羽目になった。もちろんこいつらも道連れだ。元はといえば、原田と末吉が前の生徒会長を病院送りにしたのが悪い。高浜と千種も一緒になってボコっていた。俺、関係ない。
 溜め息を吐く。こいつ等は勝手な行動が多すぎるのだ。そして時間を守らない。

「ムカツクことがあった」

 急に千種の声のトーンが下がる。俺も高浜も、千種のほうを見る。

「ハギワラが、ムカツク」

 それは誰もが思っていることだろう。窪塚と松川が何を思っていれかはわからないが。

「アイツ、シグレに近づきすぎ。チョーシにのってるよ、あれ」

 どかりと千種はソファに座る。そしてポツリとこう言った。

「消えないで、シグレ」

 その一言に俺と高浜は顔を見合わす。そして視線を千種に戻す。

「‥‥」

「寝てる、ね」

 高浜が柔らかく笑った。

「あのね、俺、ピエロになったよ」

 嬉しそうに高浜は俺に話してくれる。

「シグレの楽しそうな顔、俺、嬉しかった。だから、いろいろと芸を見せたんだ。そしたらね、昔みたいにシグレ笑ってたよ。花が咲くように、純粋で、きれいな、でもバカな笑顔。」

 今でも鮮明に時雨の顔を覚えている。怒った顔、悲しい顔、嬉しい顔、怖がっている顔、そして笑顔。一度だって夢に出なかったことはない。

「それで、昔みたいに『たっちゃん』って呼んでくれた。嬉しくて、涙が出て、なんだか救われたような気持ちになった。でも今会ったら、シグレがまたいなくなりそうで怖かった。面と向かって会えなかった。そろそろ俺って病院が必要かな」

 楽しそうな高浜を見て、なんだか俺も嬉しくなった。それを表に出したりはしないけど。
 ここまで高浜が喋っているのがとても珍しく、そしていつものことだった。いつも時雨に言葉足らずで、でも一生懸命に気持ちを伝えていた。俺は高浜のそういうところが嫌いではない。

「おやすみ、ベツヤク」

 その細い腕のどこにそんな力があるのだろう、自分よりも背の高い千種を軽々と持ち上げる。それから部屋に戻っていった。

「‥‥どいつもこいつも」

 俺は先ほどまで千種が座っていたソファに深く腰掛ける。
 そうか、時雨は昔から何も変わっていないのか。

「楽しいか?」

「うるせえ」

 初めて言葉を交したとき。第一印象は最悪、嫌いだと思った。まあ初対面で殴り合いを始めたからな。

「ハギワラ、か」

 アイツはいつか俺が始末するからいい。

「シグレ」

 自然と笑みが零れていた。遠くない未来、きっと俺は時雨に会いに行くだろう。その時は取り合えず襲ってやろう。




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