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第十七話-肆
「あの様な小物にまんまと操られ、挙句あれだけ私の邪魔をしておきながらそれだけしか言えぬか」


普段口数が少ない殺生丸が一気に語るとこれだけ迫力があるのかと猫芽は顔を引き攣らせる。


「だ、だって仕方ないだろ!“契約”の事ヤツらが知ってたから!」
「……その“契約”とやら…詳しく聞く必要があるらしい…」


殺生丸の目が鋭く光ったのを、猫芽は見逃さなかった。

あっという間に立たされれば木に背を押し付けられてしまった。猫芽は完全に逃げ場を失った。傍らではりんが頬に手をあてキャーキャーと黄色い声をあげ、邪見はあっけに取られ立ち尽くしていた。


「話して貰おうか」
「ッ!(近い…!!)ーーな、何のこと…?」
「ほう、この状況でしらばくれるつもりか」


間近で見つめられ猫芽はぐっと言葉を詰まらせる。素直に打ち明けるのも憚れるが、頬が熱くなっていくのが否が応でも分かった。

またこいつは人の弱点を突きやがって、と心の中で毒づきつつもやがて観念した様に殺生丸を見据えた。


「あーもう!! 血を口にすればいいんだよ!」
「…血?」
「一舐めでも二舐めでもすりゃあたしは操り人形ってわけ!」


血、と殺生丸は頭の中で反覆し、それで“血途の契約”という訳かと納得した。だがたったこれだけの事で操られてしまうとは。面倒だ、と殺生丸は思った猫芽を不便にも哀れにも感じる前に面倒だとそう思った。

これではいつ何時あのような事態に陥るか分からない。

黙り込んだ殺生丸に気まずさから何か言おう何か言おうとあたふたした猫芽は、殺生丸にとって決定的な一言を放ってしまった。


「ちなみに契約は一人までしか出来ないからっ!」
「…それだけ分かればよい」


ふっ、と笑った殺生丸に悪寒を感じずにはいられなかった。猫芽は瞬時に自分で自分の首を絞めた事を悟ったのだった。


「せ、殺生丸…?」


びくびくと先程までの威勢はどうしたのかと尋ねたくなる程、猫芽は狼狽えていた。


「猫芽。もうあの様な愚行を重ねぬよう、貴様には“躾”が必要な様だ」


殺生丸は思い出す。虚ろな目をして立ちはだかった猫芽を。またああなっては面倒だと心底思った。自分の邪魔はされるし、りんも煩くなる。それに、自分に従っているはずの“もの”が他の者にいいように使われる事自体が不快だったのだ。


殺生丸にとってただそれだけの感情だった。


「し、しつけ…?」


言葉の意味を理解出来ずに猫芽が返すと、殺生丸はいきなり猫芽の肩口を爪で裂いた。突拍子もない事に唖然とする猫芽。

邪見は慌ててりんの目を塞いだ。


「わ!邪見様見えないよー」
「お前にはまだ早い!」


殺生丸はつうっと爪先で襟元がはだけた首元をなぞった。びくりと肩が跳ねる。猫芽は我に返り殺生丸の腕を両手で掴んだ。何をするつもりかと牽制の意を込めて。


「ちょ、あんた何して!」
「口を閉じていろ」


そんな猫芽を物ともせず殺生丸は彼女の顎を指先で掴むと、ぐいっと反らせた。そして開いた首元に勢いよく噛み付いたのだ。


「いっ!」


鋭い痛みと吸われる感覚に、猫芽はまさかと目を見開いた。思わず殺生丸の着物を握る。猫芽の血を貪る殺生丸は獣そのものだった。


「っ!…あぅ…っ」


声をあげる猫芽を横目で見遣った殺生丸はやがて傷を一舐めすると顔を離した。途端に力が抜けた様に崩れ落ちた猫芽は、殺生丸の肩口に頭を沈めた。


「…血なんて…少しの量でいいっつー…の…」


憎まれ口をたたいて意識を失った猫芽。契約をすればこうなるのかと殺生丸は無感情に思った。


「…阿吽」


呼ばれすぐ主の元へと来た阿吽の背に猫芽を寝かせると、呆然と殺生丸を見上げていた邪見に背を向けた。


「ゆくぞ、邪見、りん」
「せ、殺生丸様…?」
「邪見様まだー?」


歩き出した殺生丸に慌てて邪見はりんから手を離した。殺生丸の隣に追い付いた邪見は、主人をちらちらと見上げ恐る恐る口を開いた。


「あのー…殺生丸様?なにゆえ…」
「もう二度と私の邪魔を出来ぬようしたまでだ」
「はぁ…」
「………面倒事は好かぬ」
「これでもうみんな一緒だね!ねー邪見様」
「ねー…って言われても…」


その場で困り果てるのは、やはり邪見しかいなかった。



第十七話―終



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あきゅろす。
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