第十六話‐参
「――来いと言っておきながら、総大将に会わせぬのか」
「もてなしの準備が、整わなくてねぇ。それまで、あたしが相手じゃ嫌かい?」
殺生丸と邪見を待ち構えていたのは、沢山の猫と、冬嵐の姿だった。殺生丸の言葉通り、宣戦布告をしたくせに豹猫四天王はこちらに攻撃を仕掛けてき、中々本城に近づけさせない。そんな彼らに、流石の殺生丸も苛立つ。
邪見は前へ踏み出すと、忌々しげに冬嵐を見据えた。
「おい貴様ァ!! 猫芽をどこへやったのだ!」
「あの子の事なら、殺生丸より上手く使ってやるから安心しな」
「何をぉ!?」
冬嵐は挑発するように殺生丸を見る。彼はそれを物ともせず、無表情で立っているだけだ。
「ここはお任せを殺生丸様!――人頭杖の力思い知れェ!!」
色々と頭にきた邪見は人頭杖を振りかざし、炎を冬嵐に向かって放った。冬嵐は慌てた様子もなく、片手をかざすと吹雪を放ち対抗する。あっという間に邪見の炎は飲み込まれ、小さい体は吹き飛ばされた。そして容赦なく、つららが襲いかかる。
「どひーー!!」
それを間に立ち、防いだのは殺生丸だった。闘鬼神でつららを斬り捨てると、見ていた冬嵐は楽しそうに笑った。
「また物騒な剣を手に入れたもんだねェ」
氷の刃を創り出した彼女は、そのまま殺生丸に斬り掛かった。電気をも発生させる激しい鍔競り合い。冬嵐は楽しそうに呟いた。
「思い出すねぇ、あんたと前に戦った時の事。あの時は痛み分けだったが、今度はそうはいかない」
「痛み分けとはよく言う。お前達が逃げ出したのだ」
「あんたの配下も、随分死んだじゃないか」
殺生丸は冬嵐を冷たく見下ろすと、一気に押し返した。冬嵐は飛び上がって避け、地面にゆっくりと落ちながら、あの時は無理するつもりがなかっただけと告げる。
「あたし達にはお館様がいる」
すると、数匹の猫妖怪が殺生丸に襲いかかってきた。殺生丸は難なく蒼龍破で猫達を跡形もなく消し去った。
「おやおや酷いじゃないか。あたしの可愛い猫達を」
おちょくるような冬嵐に目を細めると、口を開いた。
「………私から盗んだものを、返して貰おうか」
「! へぇ、意外だね、あんたともあろう男が」
心底意外そうに目を丸くした冬嵐。対して殺生丸は、なぜこのような事を冬嵐に言ったのかわからなかった。従者と言ってもただの旅の連れでしかないのに。
自分は強い。だから誰も必要ないというのに。
猫芽を連れて帰らないとりんが五月蝿い。五月蝿いのは好かない。
そう殺生丸の中で理由づけると、切っ先を冬嵐に向けた。
「そんなに会いたいなら会わせてやろうじゃないか。――おいで!猫芽」
後ろに視線をやった冬嵐に合わせ、殺生丸もそちらに目を向けた。
そこには、古ぼけた家屋の屋根に猫芽が悠然と立っていた。月を背にした彼女の表情は窺えない。
「…猫芽」
「………」
殺生丸が名を呼ぶも猫芽から反応は見られない。
「ふふ、猫芽、殺生丸の相手をしておやり」
それに頷いた猫芽は化け猫に変化すると、冬嵐と殺生丸の間に降り立ち、殺生丸と向かい合った。
うなり声を上げる猫芽は、確実に殺生丸に敵意を向けていた。
「本当はお館様に捧げる為に連れて来たが、飼い主のあんたと戦わせるのも一興だろう?」
「捧げるだと…?」
眉をひそめたのもつかの間、猫芽が牙を剥き出しにして殺生丸に飛び掛かってきた。飛び退いて避けるも、続けざまに攻撃してくる。いよいよ殺生丸は刀を向けた。猫芽は刀に噛み付く。
「…“契約"、と言ったな」
力の押し合いをしながら殺生丸が口を開いた。
それまで愉快そうに見ていた冬嵐は深く笑む。
「そうさ。この子ら忍猫族はあたしら猫妖怪の中じゃ稀な存在でねぇ」
「そのような事はどうでもよい。興味もない。“契約"の事を申せと言っている」
「ふふ、相変わらずだねぇ。“契約"ってのはそのまんまの意味さ。全てがあたしの思い通りに動くように“契約"した。いわば操り人形」
殺生丸は静かに猫芽を見下ろす。彼女の姿は今までと何ら変わりはない。だが目が、目の奥が違う。それは何も移していない。
「――それが“血途の契約"」
「血途……畜生道か」
「“契約"の形によってはこいつらにとっちゃまさに畜生道に堕ちるって事さ」
「………くだらぬ」
殺生丸は、冬嵐にそうしたように刀に力を込めた。それを見計らったように、冬嵐は退くように猫芽に命じた。
「猫芽、そろそろ退くよ。退き際も肝心だ」
冬嵐の言葉通りに身を引いた猫芽は、冬嵐に続くように殺生丸に背を向けた。目の前の敵を逃がす筈もなく、再び蒼龍破を放つ。
「猫芽」
冬嵐が呼ぶとすぐさま冬嵐を庇うように間に立つ。何の戸惑いもなく。以前、鉄砕牙から殺生丸を庇ったように。それには殺生丸も少し、面食らったような表情を見せた。
そんな殺生丸をよそに、冬嵐と傷だらけになった猫芽は、奥へと消えて行ってしまった。
「――どーこ行っちゃったのかしら、殺生丸様」
一方、殺生丸とはぐれた邪見は宛もなくさ迷っていた。いつ猫共に襲われても可笑しくない状況も相まって、非常に底寂しい。
「ハァ、猫芽もどこで何をしているのやら。全く、豹猫族なんぞに捕まるなど殺生丸様の従者失格じゃ!」
一人ぶつぶつと寂しさを紛らわすためぼやいていると、ニャーと今は心底聞きたくない鳴き声が聞こえた。
「ま、まさか…」
身を翻すように振り向くと、クワやら熊手やら武器を持った猫達がいた。短く悲鳴を上げた邪見は逃げようと後ずさると、背後にも猫達がいた。
「か、囲まれた…!! お、おおおお助けを殺生丸様ぁ!!」
そう嘆いて身を縮め目をギュッと閉じた。
暫くして何も起こらない事に気づくと、恐る恐る目を開いた。
「!猫芽…!!」
骸となった猫達。そして猫達を倒したのだろう、血が滴るクナイを持った猫芽がいた。
助けてくれたのだろうとすっかり安心する邪見だったが、俯いたまま静かに近付いてくる猫芽に、歩み寄ろうとしていた足が止まった。
「ど、どうしたんじゃ猫芽…」
「………動くな」
その低くうなるような声に邪見は身の危険を感じた。そしてクナイを振り上げられれば邪見は腰が抜けてしまった。
「よよよよせ猫芽!!」
だが止まる事なく振り下ろされたクナイに邪見はぎゃーー!!と悲鳴を上げた。
「――…う、るさいな全く。助けてやったのにその態度かよ」
「え?」
どうやら邪見の背後には猫がいたらしく、とどめを刺すために動くなと言ったらしい。
「おぬし!! 今までどこへ行っておった!」
「しー!せっ、かく冬嵐の目を盗んで来てるのに、見つかるだろ。つ、いてて」
痛みに顔を歪める猫芽。邪見がよく見てみると、何故か猫芽は傷だらけだった。
「その傷はどうしたのじゃ」
「殺生丸、にやられたんだよ。ま、こっちに、非があるんだ、がな」
猫芽は身を屈める。
「今、は自我を保てているけど、“契約"、を破棄しない限り、もう次はない」
「け、“契約"?何を言っておる」
「いいから、殺生丸に伝えろ。あたしは、殺生丸、に付くって母様と、約束した。だから、」
「“あたしを殺せ"って、伝えろ」
「何!?」
「じゃあな、頼んだよ」
微笑んで走り去って行った猫芽の背中を、ただ見つめる事しかできない邪見。
「あやつは、殺生丸様に助けて欲しいのか…」
こんな時まで素直ではない猫芽に、ため息をついたのだった。
第十六話―終
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