飲みに行こう
「――退院おめでとうございます」
「……どーも」
「なに不貞腐れてんすか」
あの事件から一ヶ月と少し経った頃、李野は無事退院した。だが、彼女の機嫌が宜しくない。
「ハァ、坂田さんがうちのナースに鼻の下伸ばしてたからってそんな悄気ちゃって」
「なっ、違う!」
「大丈夫ですって。自分の胸に自信持って!」
「死ね」
とにもかくにも退院ということで、花束を貰った李野は、病院から一望できる田舎町を眺めた。故郷といってもあまり城から出たことがない李野は、少し新鮮な気持ちだ。
「――何故、両親は先生を…?勝犁は何か知っているか?」
「………李野様が失踪した後、叔父上達はあなたを血眼で探しました」
「!?」
「吉田松陽氏の塾にいると聞いて、幕府に報告した様ですが、詳しくは何とも…」
「……そうか…」
二人が何の為に李野を探そうとしたのか。毛利との仲を保つ為の駒が必要だったからか、それとも…単純に心配しただけなのか。
恐らく、否、絶対に前者の方だな。と李野は思った。
「…そうだ。城の方はどうなっている?」
「あー、あと一年はかかるでしょうね。それと予算が少し……」
「それなら問題ない。――持つべきものは友だな、うん」
「?」
さてと、と一息ついた李野はこれからやるべき事を頭に思い浮かべる。
「暫く江戸に籠ることになるが、城のことは任せたぞ」
「えー!? 私だって江戸でフィーバーした、」
「任せたぞ」
「……ハイ」
「あ、最後に一つ。何故、髪と目の色を変えた?」
ふと思い出し、振り返り聞いた。だが勝犁は曖昧に微笑むだけで何も答えようとしない。李野もそこまで気にしてないのか、まあいいか。と病院がある小高い丘を降りていった。
「あなたが寂しくないようにですよ。…って、柄じゃないっすね〜」
大きく背伸びをしながら自分の仕事へと、病院に戻っていったのだった。
「――退院おめでとさん」
かけられた声に、ザッと足を踏み鳴らし立ち止まった。
「こそこそと、相変わらず照れ屋だな。晋助」
「………」
木に寄りかかり、木陰から浮かび上がる紫の着物。そんな所にいて寒くないのかと、まずそう思った。
「くたばり損なったなァ李野」
「そうだな」
「ククッ、まあいい。俺からの退院祝いは“鬼兵隊への招待状"だ。どうだ?」
「いらん」
「だろうなァ」
断られたというのに笑っている高杉は、それがわかっていたようだ。李野は一つ息を吐くと、花束を高杉に差し出した。当然受け取らない彼に無理矢理持たす。
「……なんのつもりだ」
「私は、父の跡を継ぐ」
「…あ?」
「幕府の人間になるんだ。お前とは敵同士だな」
だからこの花束はなんなんだ。高杉は手元の花束を見つめる。
「道はバラバラだが、根本的な目的は一緒かもな」
「………。言っとくが、例えお前さんがいようが俺ァ壊すぜ。幕府をな」
宣戦布告を受けた李野は目を閉じ口角を上げた。すると、何やら声が聞こえてきた。
「――やっと退院か李野」
呆れたような声は桂。そこには坂本、そして銀時もいた。三人は李野の数メートル先にいて、退院を待っていたようだ。
「アッハッハッハ!李野!なんじゃこの馬鹿げた請求書は。さすがのわしもこげん払えんぜよ!」
「損害賠償、慰謝料、その他諸々だ。何がなんでも払って貰うからな!」
少し遠くの坂本に向かってそう怒鳴った。ほとんど桂がしでかした事なのに濡れ衣を着せられているようで納得がいかない坂本はごねる。
「わしゃーなんもしとらんぜよ!ヅラ!おんしのせいじゃ!」
「俺は倹約家なんだ。ボンボンの貴様が払えばいいだろう。ハイハイ、どうせ俺は貧乏ですよ」
「っだーもううるせェ!!」
いつもと変わらずうるさい三人。李野はフッと笑うと高杉の腕を掴んだ。
「私の退院祝いだ。久しぶりに皆で飲むぞ」
「あァ?」
思い切り顔を歪める高杉を無視し、李野はそのまま彼を引き連れ三人の元に走り出した。
その顔は、嘘偽りのない、満面の笑みだった。
終
imagesong
「輝いた」
111013~120723
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