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いしゃ


『さっきの言葉、聞かせて貰ったよォ。おじさん、一人の親として恥ずかしいよ全く』
「……あの、話が見えないのだが…」
『普通は逆なんだよ、お前さんが言ってることは』
「………?」
『わかんねェか。それもそうだな。つまりおじさんは、嬢ちゃんのことが好きだから見逃してやりてェんだが、そうもいかねーんだ』


何が言いたいんだこのおじさんは。相手の正体がわからない。誰だ。



「松平片栗虎。我ら真撰組の上司で警察庁長官だ」
「警察庁長かっ!?」


李野の思考を読んだように近藤が教える。まさかの人物に思わず息をのんだ。


「……そう言って頂けて光栄だが、これも覚悟の上だ」
『覚悟の上か。確かにそう言ったなァ』
「ああ」
『それじゃあ嬢ちゃんにゃァ将軍の教育係を命ずる』


期間限定だけど。と続かれた言葉に目が点になった。何を言っているんだこのおじさんは。


『まだ若ェが、経験豊富だとそこのゴリラに聞いてる。世間知らずな将軍にゃピッタリだ』
「…将軍って、あの将軍…?」
『美形揃いで有名な水野家の娘が教育係ってんで、将軍サマ期待に胸ふくらませてんだ』
「………」
「あの、状況を教えて下さい」


困惑気味に勝犁が李野の表情を伺う。対して彼女は、江戸からやってきた者達の考えがわかり始めていた。


「つまり、」
『それが処分だ』
「!! し、しかしっ!」
『オイオイ、教育係を甘く見て貰っちゃ困る。おじさんと一緒に頑張ろうぜ』


そこで電話は切れた。信じられないと顔に出ている李野に、近藤が豪快に笑った。


「すまんなァ李野さん。俺達はとっつぁんの言葉を届けに来ただけなんだ。何もしょっぴこうなんざ思ってねェよ」
「……てっきりそうかと…」
「がははは!こりゃトシが悪いな。こいつが雰囲気出しすぎだから」
「うっせェなァ!! 俺ァ何も、」
「人を不安にさせた罪で死ね土方」
「じゃあお大事にな」


今にも殴りあいを始めそうな二人の首根っこを掴み、颯爽と近藤は去っていった。


「………将軍の教育係になった…」
「は?なんすかそれ。ってまさかそれだけで事が済んだんじゃ、」
「そのまさかだ」


同じく驚きを隠せない勝犁。李野はやがてフッと笑うと寝転がった。


「……随分と甘い御上だな。教育のしがいがありそうだ」
「…ハハ、そうっすね」
「――なァ、私は一つ決めた事がある」
「何ですか?」


よく晴れた青空が見える窓を目に映しながら李野が言ったことに薄々わかりはしていたが、勝犁は嬉しい気持ちで一杯になった。


「それとこれは、単なる私の我が儘なのだが…」
「弟さんのことでしょ? わかりますよ、あなたが考えてることくらい」
「……愚かだと思うか?」
「はい」


即答した勝犁をジト目で見上げる李野。勝犁はくすりと笑うと彼女の鼻を優しく摘んだ。


「そういうだろうと思ってもうやってます。藩主様ご夫妻のご遺体の回収ついでにね」
「………珍しく気が利くじゃないか。――いしゃ」
「え…?」


覚えてたのかという視線に彼女はまぁ、とやや言葉を濁しながら目を閉じた。


「記憶は曖昧だが、少しな」
「だってあなた、初めましてって…」
「外見が変わりすぎだ。気づくわけないだろ」
「…あ」


李野が出会った頃、彼は普通に黒目黒髪だった。だが、今は昔と比べると奇抜な風采だ。


「“いしゃ"だとわかったのは、勝犁が泣きながら私の包帯を巻いた時かな」
「……随分最近っすね。っと、点滴切れそうっすね」


李野が思い出したのにも関わらず、まだ不満そうな勝犁は、点滴の替えを取りに出ていった。



「…………忘れるわけ、ないだろ……」


李野は再び眠りについた。数分して帰ってきた勝犁はまた寝ている彼女に、呆れたように笑うとシーツをかけてやる。


「随分おねむっすね〜。ま、それだけ疲れてたってことっすけど」


城にいる間、李野はあまり寝ていなかったし、ご飯もろくに食べていなかった。専属医としては困り果てたものだが、まあ思い出してくれたことだし、よしとしますか。


「………坂田さんには勿体無いっすよ、ホント…」








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勝犁さん(32)はヒロインに気はありません。そしてとっつぁんの口調が全くわからん。

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