涙と陽の出と、時々、ボカン
「………李野……?」
今確かに、掠れてはいるが李野の声がした。それは銀時だけではなく他の者の耳にも入った。その場はピタリと静まった。
「………み…なして、阿呆面か…?」
「………生き返った…」
弱々しく笑った李野を見て呆然と呟いた銀時。
「……え、まじ?」
「…まじ」
銀時はやっと安堵の表情を浮かべたのだった。
「……ったく、ヒヤヒヤさせやが、」
「「李野ォォォ!!!」」
「ぶほォォオ!!」
銀時を蹴飛ばし、桂と坂本が李野に抱き着いた。馬鹿者やらよかったやら様々な言葉を彼女にぶつける彼らの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「死んだかと思ったぞ馬鹿者!!」
「馬鹿馬鹿馬鹿ァァ!! おんしゃーこの小説終わらせる気がか!? わしの貴重な出番をォォオ!!」
「うぐっ、ぐるじっ……死ぬ…」
大の男二人にしがみつかれ呻く李野。ふと桂達の背中越しに高杉と目が合った。高杉は笑うでもなく怒るでもなく、李野に背中を向けるとそのままどこかへ去っていった。
「ハイハイどいて下さい貴様ら。李野様の体を見ますから向こう向いてて下さい貴様ら」
「心なしか刺が含まれているな」
「なんじゃおんし! 李野の体を一人見ようが二人見ようが全くおんなじぜよ!」
「医者の特権っすよ」
文句を垂れながらも渋々言う通りにした坂本。それを確認した勝犁は李野の傷の手当てを始めた。
「……お帰りなさい、李野様。うわ、よくこれで生きてましたねって一回死んだんでしたっけ?ハハハ全く愉快なお人だあなたは。ハハハハハハ…!!」
「………ただいま」
向こうを向けとはこういうことだったのか。と、同じくぐちゃぐちゃな顔の勝犁を見て思った。すると、李野は重要なことを思い出す。
「…父と母は…?」
「………止める間もなかった」
背中を向けている桂が遠慮がちに答えた。李野は何かを察し、覚悟を決め横に顔を向ける。
そこには、母が父に抱き込まれ、自分と同じ様に血溜まりに沈み、変わり果てた両親が横たわっていた。
「……毛利、は?」
「あいつが、高杉が殺した。毛利がお前の両親を撃った直後にな」
「そうか…」
無機質にそれだけ答えた李野に、更に桂は続ける。お前の父が死に際に放った言葉があると。
「――“すまない"と、ただ一言」
「!!」
それは、李野に向けての言葉なのか、政子に向けての言葉なのか、誰に向けての言葉なのか、わからない。だが、その言葉だけで李野は救われたような気がした。
「李野、」
「いいんだこれで。父は母を愛していた。…これが分かれば私はそれでいい、充分だ」
我が両親は抱き合って最期を迎えたのだ。我が儘を言えば、その間に入りたかったが。
壁に寄り掛かって外を見ていた銀時の頬に光が差し掛かる。陽の出だ。
それを合図に彼は、よっ、と背中を離し、木刀を腰に差した。
「――ほんじゃ、帰ェるぞ」
「ああ」
「あー、陸奥怒っちょるの、絶対」
「――……っ…ありが、とう…!!」
腕で目元を覆っていた李野の顔も、涙でぐちゃぐちゃだった。泣くのを堪えながら絞り出された言葉に、彼らは口角を上げるのだった。
暗かった部屋には、暖かい陽射しが降り注いでいた。
ゴトッ
「あ」
「「あ?」」
「…あ」
「あ…?」
何か落とした音に、桂が声を出す。次に銀時と坂本、落とした物体を見た勝犁、勝犁の声に気づいた李野の順である。
「え、何このけーわいな音。誰?」
「すまん俺だ。そしてもっとすまん」
「意味わからんぜよ」
二人が下に視線をやると、そこには丸い物体が転がっていた。物体には数字がデジタルに表示され、その数字はどんどん少なくなっていく。
「落とした拍子にスイッチが入ってしまった。あと20秒」
「え、何だって?もう一回言って? あと15秒」
「アッハッハッハ!つまりアレがか? お約束かのォ。あと10秒」
「「………」」
勝犁は李野を抱き上げると一目散に外へと飛び出した。
その数秒後。
ボカン
見事に、城は全壊した。
「――あーあ、随分見晴らしがよくなって…」
無傷で着地した医者は呟く。ふいに李野を見下ろすと、白目をむいて気絶していた。
「え、ちょっ」
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