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悔いても悔いても


――誰も予測していなかった。否、もしかしたら彼女がこの行動に出ることは、考えればわかる事だったのかもしれない。それでも、李野が動ける状態ではなかったことは確かだった。



「――ククク、滑稽だな。貴様の行動が報われることは一生ないのだ」


とうとう狂ってしまった夏元は、血溜まりに沈む李野に銃口を向けた。だがその男を、銀時はすかさず殴り飛ばした。


「………くっ…」


李野はうつ伏せに倒れており、そのぼやける視線の先には両親がいた。


「……ち、ちうえ……ははう、え……」


彼女は血に濡れた手を両親に伸ばす。苦しい痛みの中で、李野は思った。これで自分を見てくれる、と。


バシンッ


「――穢らわしい手で触らないで!!」


だがそれも虚しく、手は払われてしまった。李野の手は力なく倒れる。そんな時、坂本は戻ってきた。息も荒い彼は、目の前の状況に驚き何が起きたかわからない。
桂は急ぎ駆けつけ李野を再び抱き起こす。


「馬鹿者!! 何故このような無茶を…!!」
「……体が、勝手にな……」


李野の声は恐ろしく穏やかだった。一方銀時は静かに怒りを露にしていた。


「……てめェらよォ、いい加減にしろや。あんた、今てめェを庇った……しかも実の子になんつった? あァ?」
「うるさい!! だいたい貴方に口出しされる覚えはない!」
「てめェが腹ァ痛めて産んだガキだろーが!!」


初めて怒鳴り声を上げた銀時は続ける。


「俺の周りにゃあなァ、家族大事にする奴しかいねーんだわ。だからてめェらが気に食わねェ」
「思い出してみろよ。こいつが産まれる前を」
「死ぬほど、楽しみだったんじゃねェのかよ!?」
「!!」




「――産まれてくる子はどちらだろうか」
「気が早いですよあなた。まだ三ヶ月目ですのに」




政子は無意識に自身の腹に手を伸ばしていた。確かにお腹を痛めて産んだ。初産であり、まさに死ぬ気で産んだ。産む前は確かに李野を愛していた。


「………李野…」


この名前も自分達で決めた。

母は娘にゆっくりと視線を向けた。李野はそれに気づき、目が合うと、目を細め柔らかく微笑んだ。


「!?」
「李野はてめェらのこと、恨んだことも憎んだこともありゃしねェのにな」
「……あ、ああ……!!」
「今更悔いても遅ェんだよ!!」
「――もういい銀時…」


李野は途切れそうな呼吸の中、銀時を制した。桂はそんな彼女の頬に励ます様に手を添えた。


「もうすぐ勝犁殿が来る! それまで頑張ってくれ!! 頼むから…!」
「…ヅラ、何が起こったんじゃ…!?」


坂本が半ば震えた声を出す。自分がいなくなった少しの間で現状は最悪なものになっていた。


「……私は…臆病者だからな……小さいことしか…望めない…」


今にも消えそうな小さな声なので、皆は耳を澄ませる。一言も聞き逃さぬようしっかりと。


「ただ…見て、欲しかった…。ただ…触れて欲しかった…。ただ……愛して、欲しかった……!!」


彼女の閉じた目からは涙が流れる。


「……それも…、報われなんだ、な……」


ふっ、と自嘲じみた小さい笑みに、桂は悔しそうに顔を歪め、その涙を拭ってやった。


「もう少しの辛抱だぞ…!(勝犁殿は一体何をやっている!!)」


彼は、李野の状態が危ういのと医者がなかなか来ない苛つきで、焦燥感で一杯だった。銀時も高杉も坂本も、時が止まったように動かない。


「…お前達には、すまないことをしたな……巻き込んで…しまって…」
「もういい喋るな!」
「………大の男が……泣くな…」
「泣いてなど…!!」


目を開けてるのも億劫なのか、とうとう瞳を閉じてしまった。李野はふと気付く。銀時からの返事を聞いていないことに。


「……約束……したのにな……」


ああでも昔、智恵が言っていたっけ。男女の約束は、あって無いようなものだと。


「………死にたく……ないよ……………」



そうぽつりと言って、李野の頭は力なく傾いた。そしてピクリとも動かなくなった。


「……李野……?」
「「「!!」」」


桂の呆然とした声音に、三人はやっと反応を見せた。


「李野、李野! 目を開けろ李野!!」


桂がどんなに揺すっても、どんなに声を荒げても、動くことはない。恐る恐る首筋に手を伸ばし、脈をとる。こんなときにも、冷静な判断ができる自分が憎かった。


「……!! ………ない…」
「嘘、じゃろ…」
「………!!」
「っどけ!!」


愕然とする高杉と坂本を他所に、銀時は桂を押し退け、李野に跨がった。そして心臓に手を当て、応急処置を始めた。


「ざけてんじゃねェぞてめェ…!!」


彼女のわずかに空いた口に自分の唇をあて、空気を流し込む。それを何度も繰り返す銀時の肩に桂が遠慮がちに手を置くが、それを振り払った。


「……銀時…」
「どいつもこいつも! 勝手に死んでんじゃねェぞ…!」


必死に李野を生き返らせようと何度も何度も人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。


「言いたいことだけ言っておさらばか…? 俺には何も言わせねェのか…!?」


皆は一様にして口を閉ざしている。李野が死んでしまった。それだけが、彼らの頭を占めていた。以前彼女が行方を眩ませた時は死んだとも思ったが、それはあくまでもそう思っていただけの話だ。


「――なんで……いっつもこうなんだ……!!」





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あきゅろす。
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