従妹と患者 その頃勝犁は、李野達がいる天守を見上げていた。 「…大丈夫っすかねェ…」 「――勝犁様、城内の避難、完了致しました」 「ありがとうございます、ご苦労様っす。――にしても、やけに静かなのが気になりますね…」 「……何かあったのでしょうか…」 「大の男四人もついて、しかも、李野は任せとけ! みたいな空気出しといて何かあったらぶっ殺しますよ、マジで」 またまたご冗談を。と男は言うが、勝犁の目は笑っていなかった。 そんな時、城から慌てて一人の下僕が出てきた。その男は勝犁を見つけると駆け寄ってくる。 「勝犁様!!」 「どうしたんすか、そんなに慌て、」 「李野様が!!」 「ハァ、もしかしてまた臆病者モード突入しちゃったすか?」 「え!? 違、」 「全くあの人はウジウジして呆れちゃいますよねー」 「いやだから、」 「文武両道しててもアレだとちょっとね」 「李野様が刺されました!!!」 「それを早く言わんかい!!」 「ちょ、理不尽んんんん!!」 勝犁は表情を変えると、まず報告してきた男を蹴り飛ばしてから城の頂上を目指し走り出した。 「あいつら先にぶっ殺してやるぅぅう!!」 「先に李野様の手当てをお願いします!!」 同行する男に突っ込まれながらも全力疾走で階段を上っていく。 あの戦争を生き残った人間が五人も揃っていて何か起こるハズがないとは思っていたが、まさかの事態になった。勝犁は舌打ちを溢しつつ、李野の無事を祈った。 「(死んじゃダメっすよ…!)」 どこまでの状態かは聞いてないが、先程からの嫌な予感はこれだったのか。と、今になってあの五人に付いて行かなかったのが悔やまれる。 「――城に?」 「ああ、お前も少しは医術を身に付けただろうしな。藩主のお嬢様、つまり勝犁の従妹にあたる方の専属医になってもらう」 「……まだ私には早くないっすか? しかも、そんな大層な人の専属なんて」 「専属と言ってもただ体調管理を見てくれればいい。有事の際は私が面倒を見る」 「…正直不安ですが、全ての責任は父上にあるので心置き無くやれそうです(笑)」 「本当に不安だな」 かれこれ二十年程前の父との会話を思い出す。勝犁の父は李野の父の兄で、藩主なんかより医者になりたいと反抗したらしい。昔、どうしてそうまでして医者になったのか聞いてみたことがあった。 「だってよォ、今の勝俊見てみろよ。親父の圧力やべーって。親父口うるせーしよ、ただ藩主ヤダっつーより医者になりたいって言った方が許して貰えそうだなって(笑)」 酒瓶片手に酔った勢いでこうカミングアウトした父は、それ以来姿を見る事はなかった(笑) 「こんにちは李野様。今日からあなたの専属医になりました。どうぞよろしく」 「………いしゃ…」 「はい、そうっすよ」 「………じゃあ、この"かみ"と"め"。くろくできる?」 まだあどけない口調で言われた言葉は、今でも鮮明に覚えている。結局、返事に困り苦笑いしかできなかった。 僅か四、五歳の子供がそんなことを言うなんて、やはり噂に聞いた通りだった。赤ん坊の頃から離れに住まわせ乳母に任せっぱなしで、自分の子を抱きもしなかった。ごく普通に親と暮らしてきた勝犁には、信じがたいことであった。 っていうかあの人私のこと覚えてなかったっていうね。どんだけ薄情なんすか。江戸で改めて会って初めましてって言われたときは、涙出そうでしたよ。 ハハハ、と心の中で空笑いした勝犁は息も荒く横腹を押さえていた。まだまだ続く長い階段に苛つき始める。 「何でこの城エレベーターついてないんすかァァア!!?」 「今言うことがそれェェエ!!?」 「………ねえ、いしゃ」 「私は“いしゃ”って名じゃありません」 「………いしゃは弟いるの?」 「(ダメだこりゃ)いませんよ、私一人っ子っすから」 「………じゃあわたしの弟の話してあげる」 まさかその“弟”に刺されているだろうとは、微塵も思わない。 [前へ][次へ] [戻る] |