ただ、それだけ
夏目を抱え、端の方に丁寧に寝かせた後、ゆっくりと夏元と向き直る。今度は外さないと銃口を向けられるが、李野は腰の剣を抜いた。
「ハッ、その体で何ができる。“それ”と同じように惨めに死ね!」
「………」
高笑う夏元は何発も続けざまに発泡した。たが李野はそれをものともせず、一気に間合いをつめ夏元の胸ぐらを掴むと壁に叩きつけた。同時に銃も奪う。
「貴様だけは…貴様だけは許さない!! お前は!! 実の息子を殺したんだぞ!?」
「ぐっ…。おやおや、人聞きの悪い。“あれ”が勝手に飛び込んできたまでの話」
「ふざけるな!! お前は夏目が飛び込んでくるのがわかっていたハズだぞ!」
あの時、悔しくも体が動かずうずくまっていた時、夏目がこちらに飛び込んできたのが見えた。
彼が李野を庇うように覆い被さったのは、夏元が引き金を引くほんの数秒前だったのだ。
「それなのに貴様は!! 躊躇わず発泡した! …同じ血を別けた親子だぞ…!? 何故躊躇わず撃てる!!」
「子供なんてものは親の駒にすぎん。それができぬのであればただ捨てるだけよ」
「それでも人の親か!?」
「…何を言い出すかと思えばそんな綺麗事を。どうせそんな青臭い事ばかり習っていたのだろう? 名前は確か…、ああそうだ、吉田松陽とか言ったな」
ピクリと反応したのは他でもない、銀時、桂、高杉だ。李野は怪訝そうに眉を潜める。
「聞けば、そこは多くの攘夷の猿共を輩出したそうではないか。そんな者の下で学ぶ事も高が知れてるというもの」
この発言に、目に見えて怒りを表したのは高杉だった。
「松陽先生は私の生涯ただ一人の師だ…!! それ以上言うと、」
「吉田松陽の死に、お前の両親が一枚噛んでいる事は知らぬようだ」
「…!?」
「吉田松陽を幕府に密告したのは他でもない、この二人だからな」
その衝撃の事実に李野は目を大きく見開いた。動揺がにわかに走ったのは他の三人も同じ。
「…嘘だ……そんな事信じるはずがないだろ!!」
「嘘かどうかはご自分が一番よくご存知ではないですか?」
わざわざ丁寧な口調で話す夏元。思い起こせば、あの戦争に何らかの形で自分の家が関わっているだろうとは思っていた。だが松陽の死に繋がるとは――
「……私のせいなのか…?」
「さあて、どうだか」
「私が……先生の所に身を置いてたせいで……!?」
「乗されるな李野!! そんな事があるはずないだろう!!」
こう叫ぶ桂も心の内では動揺していた。対して銀時は、何を考えているかわからない顔だ。
すると李野は、物凄い殺気が両親に向けられているのを感じ、焦りその間に入った。
「……どけ。さもねェとてめェごと斬っちまうぞ」
激しいつばぜり合い。両親に向けられた刃は高杉のものだ。李野は二人を庇うようにそれを受け止めていたのだ。
「くっ…晋助…っ」
「聞いたハズだぜ。お前さんの親が松陽先生を殺した。ただそれだけだ」
「落ち着け高杉!」
桂が言う。
「っまだ確定したわけではない!!」
「てめェにも思い当たる節があんだろうが…!! ……おめェさんのせいだとは言わねェ。だがこいつらは松陽先生を奪った連中と同じだ。俺は剣を、牙を向けるしかあるめェ」
高杉がこう言うのも無理はない。もし仮にそうであれば、李野自身もこの二人を許す事は難しいだろう。
「――……それでも私は、二人を憎むことはできない……死んで欲しくない」
「ハッ、存在まで否定された挙げ句先生を死に追いやったときた。それでも護りたい? ご苦労なこった」
「…そうだな。正直、ここまでとは思わなんだ。……だが私がこうしていられるのは、両親のお陰だろう?」
切なそうに目を細める李野。彼女は背後にいる二人に意識を向けた。
そして、こんな臭い事は言いたくなかったが。と前置きした。
「……もっと言えば…、この二人がいなければ、……お前達に出会えなかった」
「「「!」」」
「お前達だけではない。勝犁にも…ここの城のもの達も…神楽殿に新八君…かぶき町の人々……智恵に松陽先生……」
李野の頭に浮かぶのは、これまでに出会った暖かみ溢れる人々。
「憎むことなど、できない。むしろ感謝しかできないんだ。……ただ、それだけだ……」
穏やかになった表情。体に傷を負っているのにも関わらず。
高杉は、力を緩めるしかなかった。
「……ずいぶん甘ちゃんになったもんだな」
舌を打った彼は、次の瞬間動きが止まることとなる。
「――李野後ろだ!!」
桂の切羽詰まった様な声で、漸く背後に誰かがいることに気づいた李野。まず彼女がしたことは、高杉を押したことだった――
ドスッ
肉を突き破る、生々しい音と共に血を吐き出す音。
目線を下げた李野の目に映ったのは、自分の腹から突き出る刃だった。
「――――お久し振りです。……姉上」
遠い意識で、四人の友の息を飲む音が聞こえた様な気がした。
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―――――
坂本は空気化した。(ご愛嬌)
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