最大のワガママ
「――どうして…どうしてなの…!?」
「………政子…」
「全部あの子のせいよ!! あの子が産まれてから全てが上手くいかない!!」
ひたすらどうしてと嘆く母はこの日、子が産まれぬ体と診断された。私はこっそり天守へと赴き、襖越しにそれを聞いていたのを覚えている。ちょうど伊織が死んで一週間経った頃だった。
そしてその日、私が初めて両親から自分への憎しみの言葉を聞いた日でもあった。
「――これはこれは李野様。このような場所に何のご用でしょう」
恭しく頭を下げる夏元は、悠然と上座に座る両親の後ろに立っている。その光景は、両親があやつり人形であることを明確に表していた。
「…あなた達を止めに来ました」
「ほォ、何を止めに?」
お前に聞いてない、とは言わない怒鳴らない。感情を出した方が負けだ。毛利死ね。
「全てだ。毛利、貴様の好きにはさせない」
「…黙って聞いていれば、何て口の聞き方ですか。この方は水野家を救って下さった恩人ですよ」
無機質な母の声。自分が産まれる前は穏やかで優しい人だった。と李野は勝犁から聞いた事があった。
「…――母上、」
「っあなたに母などと呼ばれたくは、」
「母上!!」
「!?」
続く言葉を母に遮られ、だが母の言葉も今度は李野が遮った。政子は少し戸惑いの表情を浮かべた。今までこの子がこんなにも真っ直ぐ、自分を見てきた事があっただろうか。それに少し恐怖と似たものを感じた。
「…もう……無理しなくていいんですよ」
「…!? 何を言い出すのです…?」
「あなたは夫である父を必死に支えたかった…。それは……子である私が、一番よくわかってます」
李野は、自分を“子”と名乗るのに躊躇した様だった。言えば、母が激昂するのが見えていたから。
「っ黙りなさい!! わかったような口を聞かないで頂戴!! だいたい!私はあなたのような者を子だなんて思った事もない!! つけあがるのもいい加減にして!!」
母のヒステリックに李野は狼狽する。すぐ癇癪を起こすのは昔からだが、それもこれも自分が生まれてからだ。
思わず口をつぐみ、俯きそうになった時、頼もしい声が李野の背中を押した。
「下を向くな李野!」
桂だ。
「ってめェの言いてェ事はそれだけかよ…ゼェ……もっとあんだろォがよォ…!」
日頃の運動不足が祟っているのか、息も絶え絶えな銀時も続く。
そんな二人の声を聞き、ぐっと拳を握ると両親をしっかりと見据えた。
「…あなた方がどんなに私を否定しようと、私はあなた方両親の子に変わりはありません。どんなに否定されようと、あなた方は私の両親なんです」
ですが、と一旦切った李野は、今までしっかりと一つずつ言葉を紡いできたのが一変し、泣きそうな顔で、最も伝えたかった最大の我が儘を両親にぶつけた。
「私は……“形だけの親”なんていらない…!! ちゃんと私を見て下さい…。私もちゃんとあなた方と向き合いますから…!!!」
李野の切実な願いだった。
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