秘めた想い
「――また面白い怪我してきましたね〜。刀を骨の上で滑らせたとか聞いた事ありませんよ」
「………ははは…」
「ん?どうしましたァ?普段より何か縮こまって…」
顔が引き攣る李野の後方には、腕を組んで壁に背を預ける坂本が。
「え?何すかあの人。水野さんのコレとか〜?」
「違う。何か知らんが恐い」
コソコソと話していると、
「…もう終わったがか?」
「(………恐っ)あ、はい。痛み止め渡しとくんで痛くなったら飲んで下さいそれじゃお大事にさようなら」
そそくさと退散した主治医に内心舌打ちしながら、立ち上がった。すると、さも当然の様にまた横抱きにされた。
「だから歩けると」
「………」
「お願いしますハイ」
万事屋に着くと誰もいなかった。
…何で誰もいないかなぁ。
李野は頭を抱えたくなった。
坂本は李野をソファーに座らせると、自分もその隣に座った。
沈黙が痛い。
普段煩い奴がこうも静かだと不気味だとは。つーか拙者なんかした?
「た、辰馬?どうした。嫌に静かだが熱でもあるんじゃ――」
怪我をしていない方の手で額に触れようとしたら、パシッとその手を取られた。
「辰馬?」
「……おまんはわしとの約束破った」
「は?約束?」
「忘れたとは言わせんきに」
「もうそげな顔せんとわしに誓え」
「………覚えては…いる…」
「…けんど破った」
「…っそんなの…、わかる訳ないだろう。自分の表情なんて意識しない。それに、元々表情なんて持ち合わせちゃいないんだ。拙者は皆の真似をしてるだけ」
「黙れ!」
思わず肩がびくついた。坂本に怒鳴られたのが初めてであったし、怒鳴っているのも初めて見た。
「………すまん…」
「いや、…その…」
「…わしは…、ほんとは銀時んとこ行かせとうなかった…」
「え…?」
「李野が幸せん思うて、あん時おまんを無理矢理連れ出したんじゃ。そんで銀時んとこゆけゆうた」
「………何故皆知っている」
「おまんはわかりやすいからのォ」
「っまさかあいつも知って…!」
「いんや。鈍臭いきに気づいとらんぜよ」
「……そうか…よかった…」
心底安堵する李野の手を、握る力を強めた。
「わしは…おまんが心配なんじゃ…」
「……主に心配されるとは世も末、」
「今真剣に話ししゆう」
「ごめんなさい」
「………おまんは…こげな細っかったがか…?」
坂本は李野を抱いた時の異様な軽さを思い出す。
李野の小さな手と比べると、自分の手が大きく見える。
一緒に死線をくぐり抜けたと言っても李野はか弱い女なのだ。それは李野自身が一番良くわかっている。
坂本は李野の手を愛おしそうに優しく握り、甲を親指の腹で撫でる。
その行為に戸惑う李野。
「…辰馬…?」
坂本は静かにサングラスを外すと、その青い瞳でじっと李野の目を見据えた。
戸惑いを隠しきれない李野は、身を引こうとするも手を握られ叶わない。
「……わしはおまんを好いちょる。李野を愛しちゅう」
「!」
「わしん側にいてくれ…」
坂本はそっと抱きしめた。
「…頼む……李野を誰にも…渡したくないんじゃ……大切なんじゃ…」
「……辰馬」
李野は坂本の胸を片手で押すと、しっかりと目を見て言った。
「お主の気持ちは嬉しい…。だが、答えられない」
あぁ。何時からだろうか。
こんな気持ちが生まれたのは。
辰馬も…こんな気持ちなのだろうか。
「………何故じゃ…」
手をギュッと握る。
「…何故おまんは……わしを見てくれない…」
「…ちゃんと見てる」
「見とらん!」
「………」
「おまんにわしの気持ちが、」
「わかっているからこっちも辛いんだ!」
「!」
「…わかっている…!わかっているが、もう…どうしようもないんだ…」
「……どういう意味……!」
切なげに歪んだ顔を俯かせた李野。坂本はその顔を覗こうとして、ふいに玄関の方に視線を巡らせた。
そして数秒思案し、突然李野をソファーに押し倒した。
「なっ!何し――ん!」
唇の感触に目を見開き、ふと感じた気配に視線を横に移すと、更に大きく見開いた。
やがて唇が離れ、たどたどしく言葉を紡いだ。
「………ぎ、んと…き」
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