狼御礼・拍手短編・番外編小説 (槙村・ヤマト) 上条貴博の密やかな計画 2 旅行編 鈴が新しく住み始めた隼人のマンションで、ベランダで洗濯物を干していた時だった。 ジーンズのポケットから、携帯が音楽を奏でる。隼人は掃除機を掛けていて気付いていない。鈴は着信音から、上条貴博だと知る。 「もしもし?」 『鈴か? 悪いな今平気か?』 「え…っと、ちょっと待っていて下さいね」 鈴はベランダの隅っこに隠れるようにしゃがむと、掃除機の音を聞きながら、お待たせしましたと謝罪した。 『あのな、鈴、ちょっと相談が有るんだが…』 歯切れの悪そうな喋り方に、鈴は首を傾げる。何時ものテレビで観る上条貴博にしては可笑しい。 「何処か具合でも悪いんですか? どうしょう、もしそうなら、病院…」 『いやいや、身体は大丈夫だ、落ち着け』 「え…はい」 だったら何の用だろうと固唾を呑む。 『確認したいんだが、鈴音の誕生日ってのは、明後日だよな?』 「……あっ!」 先日薫の誕生日プレゼントを、里桜と選びに行ったのだが、考えてみれば、薫と鈴音は双子なのだ。もれなく鈴音も付いてくる。 「そうでした、すっかり忘れていました」 『だよな〜気持ちは解らないでもないが……その、サプライズを考えてみたんだが…』 「サプライズ?」 『変か?』 「いいえ! 凄く良いと思います」 『そうか?』 電話の向こうで上条が照れているようだ。 『何処か旅行を考えているんだが』 鈴はなんだかワクワクしながら、何処へ行くのかと耳を澄ませた。 「あれ? でも確か大河ドラマの撮影有りませんでしたか?」 今年から始まっているドラマの放送を思い出す。上条は織田信成役だ。 『そんなもん、休みむしり取ってやった』 どうだ凄いだろうという上条が、なんだか可愛く思えた。だが、マネージャーさんはきっとその内ストレスで禿げないのかと、心配にもなる。 『そこで、だ。鈴に相談なんだが』 「はい。僕で出来る事なら」 『そうか!? そうだよな、よし鈴、明後日3人で旅行行くぞ〜』 「そうですか〜旅行良いですね〜って……はい?」 『そうだよな、やっぱり家族旅行夢だよな!?』 「あの」 『そうと決まれば旅行先だな? 北海道だ!』 何故いきなり北海道? プツンと切れた通話の後の、物悲しい音に鈴はさすがに固まった。 「家族旅行…」 あの仕事人間の鈴音が、果たして旅行に行くだろうか? 「鈴? どうしたんだい? こんな隅っこで」 隼人が掃除を終えて、窓の開け放たれていたベランダへ、顔を出す。 「隼人さん」 「電話?」 鈴は立ち上がって、先程の会話を隼人に話した。 「家族旅行か…」 「あの鈴音さんが、いきなり北海道に一緒に行くかな」 2人は女王様な鈴音を思い浮かべ、乾いた笑いが零れた。 鈴は夕方小早川家へ行くと、早速薫に事の成り行きを話して聞かせた。 「あの姉さんでしょ? そうね〜あの『馬鹿貴博』が泣いて縋れば行くかもね?」 「「……」」 鈴と里桜が絶句し、隼人と疾風が茶を啜る。 「なんか」 里桜が料理中の手を止める。 「想像出来ない」 鈴が並べていた皿を持ったまま固まっていた。 「まあ、楽しんでいらっしゃいな。あの『上条貴博』が予約する旅館だもの? 豪華でしょうね〜? たらふく豪華な物食べて来なさい」 薫の気迫に鈴は恐怖を感じ、コクコクと頷いたのだった。 旅行当日は晴れ渡り、前日の暴風雨がまるで嘘のような晴天だ。晴れ男か上条貴博。 「気を付けて行っておいで」 隼人に上条のマンションまで送って貰い、エントランスに着いた鈴は、嬉しそうにはにかんだ。戸籍上親子3人での、初めての家族旅行だ。そこでエレベーターから、上条と鈴音が降りてきた。 「お、鈴おはよう! 」 上条が手を振る。鈴が驚いて双眸を瞬かせた。 「おはようございます…鈴音さん早く来たんですね」 「あら、泊まったわよ〜面倒だから?」 なんとなくそこはスルーしておこうと、鈴は上条の車に歩み寄り、後部座席に乗り込んだ。 羽田までの車中では上条がご機嫌で、鈴音はやはり嬉しいのか、そっと上条と手を繋ぐ姿に鈴は微笑んでいた。 [*前へ] [戻る] |