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狼御礼・拍手短編・番外編小説  (槙村・ヤマト)

 ついて来られてはリオラは困る。外へ出ない約束だ。危険を承知で飛び出してしまった自分を呪いたい。
「この辺に住んでいるのかい?」
「あなたに関係ありません」
「つれないな」
 リオラは溜息を零して振り返る。
「この眼は呪われている。死にたくなければ仲間の許へ戻られよ」
「…処でさ、君何処かで見た事があると思ったら、そうか伯爵邸に在った奥方の肖像画に似ているのか」
 ぎくりとした。リオラはまだ一度も母の顔を見た事が無いのだ。
 ――――どうしょう見たい。
「眼の色はご両親の色を両方受け継いでいるのだな。君は伯爵の子供? でもあの屋敷で君を見掛けていないけど…それに紹介もされていない」
 リオラは震えて唇を噛んだ。
「ロバート殿!」
「っ!」
 父親の声が聞こえてリオラは顔を引き攣らせた。逃げなくては、早くあの小さな家に帰らなければ。震えて脚が動かない。
「あぁ。ちょうど良かった、君の父上殿だよ?」
「ロバート殿、こちらにおられ…」
 馬上からリオラを見下ろした父親のガスバートは、すっと氷のような眼でリオラを一瞥した。
「ガスバート伯爵、あまりの暑さに水浴びをしました」
「水浴び? 今は鷹狩の最中ですぞ」
「申し訳無い。あまりにも美しい泉でしたので」
 さっぱりとした顔で云う青年に呆れて、リオラに向き直った。
「先に行かれよ。…リオラ」
 ロバートは名残惜しげに、リオラを気にしながら歩み寄ってきた馬にまたがり、去って行く。そして何年かぶりに呼ばれた名前に、リオラは淡い期待を込めて顔を上げた。が。
 ひゅんと風が鳴り、リオラの右頬に刹那の痛みが走った。
「っ!」
 あろう事か、ガスバートが馬上から馬の鞭で我が子の頬を叩いたのだ。
「ばあやから、今日は外へ出るなと云われなかったか?」
「話しを聞いています…すみません、僕は約束を…」
「二度とこのような事無きようにいたせ。よいな!?」
「はいっ…」
 惨めに俯くリオラを満足したのか、ガスバートは馬の腹を蹴り、走らせた。呆然と頬に手を当てるリオラは、父親を怒らせてしまったと悲しくなった。


「リオラ様」
 ばあやが泣きながら帰って来た事に、申し訳無さでいっぱいになった。
「ごめんなさいばあや。ばあやも父上に怒られたよね? 約束破ってしまったから」
「そんな事よりも、お顔をよくお見せ下さいまし。まぁ、可哀想に、水で冷やさなかったのですか? せっかくの綺麗なお顔に傷などと」
 ばあやが鼻を啜りながら、水を取りに外へ桶を持って出て行く。
「綺麗? 僕はこんなにも醜いのに」
 リオラは部屋に在る大きな鏡に自信を映し出した。明日で11歳になるリオラは、少女の様に愛らしく美しい。だが、ジンやばあやがどんなにリオラは美しいと褒めても、リオラの心に震えは来なかった。何故なら、リオラ自身が醜いのだと思い込んでいるからだ。
「僕に兄弟が居たら…どんな事をして遊んだろう。どんな話をしたんだろう」
 どんな人を好きになったのだろう。
 ―――好き?
 リオラは昼間の青年を思い出した。胸の奥がくすぐったい。
 ―――僕は、ロバートを?
「リオラ様、新しい水をお持ちしましたから、もう少し冷やしましょうね?」
 ばあやが井戸から新しい水を運んで来た。その背後で見知った姿が立っていた。
「すみません」
「ひえっ!?」
 足許に樽の水を零したばあやに、ロバートがよっ、と器用に樽を片手で掬い取った。
「脅かしてすまない、ばあやさん」
「ま、ま、ロバート様っ!? 何故此処に!?」
 パニックを起こしたばあやが、慌ててリオラを背に隠す。
「使用人に訊いて、こちらに息子殿が居ると教えてくれたんだよ」
 ばあやはひやりとしてリオラを見る。リオラも顔を隠すようにして、その使用人を考えた。此処は隔離された場所で、口外禁止になっていると聞いている。
「なりませぬ、リオラ様はお身体が弱く、こちらで静養なさられています。旦那様に知られたら」
「何、そんなに身体が弱いのかい?」
 ばあやの背に隠されたリオラを覗き込む。
「元気そうじゃないか」
 にっこりと微笑んで、持って来たリンゴをリオラの顔の前に差し出した。


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