狼御礼・拍手短編・番外編小説 (槙村・ヤマト)
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ルリはヒュンっという音に驚き、背後を振り返った。飛矢が飛ばされたのだ。
「火がっ!?」
幾つもの火の点いた矢が、ナイル川から飛ばされている。中から神官達の怒声が聞こえ始めていた。
ルリはアルマの居る神殿内部、イシス神の祀られた部屋へ駆け出した。飛矢を掻い潜り、背後で剣を交える音を聞きながら、ルリはイムホテップの声を聞く。
振り返ったが、姿は見えない。ルリは再び走り出した。
「アルマ様!」
神官達に秘密通路へ追い立てられるアルマを見付け、ルリは駆け寄った。
「ルリ、お前も逃げなさい!」
「でも」
「お逃げになるのは大神官様もです!」
神官達が叫ぶ。
「私は残る。残って神に祈る…っぐ!」
ヒュンと小さな音が聞こえ、ルリの顔を掠めてアルマの胸を飛矢がドスンと音を立てて当たった。
「大神官!」
神官達が次々と飛矢に倒れて行く。
「ルリ、」
「だめ、ダメだよ、死んじゃいやだっ!」
ルリを庇い倒れた神官達が、ルリを隠すように崩れる。アルマは床に倒れたまま、ルリに手を差し伸べた。
「逃げなさい、早く」
ルリは顔を横に振る。思い出したのだ。昔母や兄達が目の前で殺されたのを。
「神殿を潰せ! クレオパトラをあぶりだせ!」
賊が叫ぶ。不意に首根っこが掴まれた。
「子供が居るぞ!」
離せと泣き叫ぶルリを、賊が神官達の死体から掬い上げる。血に濡れた短剣がルリの眼前に晒された。
「あ、あっ」
恐怖で声を詰まらせたルリが、視界にイムホテップの姿を捉える。
「ルリっ!!」
だが、駆け寄るイムホテップよりも、賊の持つ短剣が早かった。ルリの喉を横にすっと斬ったのだ。
勢いよく血飛沫が上がる。
「ルリっ!!」
イムホテップは背後から賊を切り倒し、床へ落ちるルリを抱き留めた。
血飛沫を浴びたイムホテップが、ルリの顔を両手で包んだ。
「頼む、死ぬなっルリっ!!」
「が、あ、」
引き裂かれた喉から空気が漏れる。呼吸困難になり、ルリの身体が痙攣を起こした。
「嫌だ、私を置いて行くなルリ! 頼む、ルリ!」
泣きながらイムホテップが叫ぶ。震える小さな手が、イムホテップの唇に伸び、触れる寸前で力尽きた。ルリの遺体を抱き締めるイムホテップは、ふらりと立ち上がり、イシス神を見上げる。
外では賊は衛兵達に鎮圧され、今は静まり帰っていた。イムホテップを呼ぶ声が聞こえる。
「ルリ、私を置いて行く等と、生意気ではないか」
イムホテップはルリを横抱きにして、神殿の抜け道から外へ出る。ナイル川に入りながら、イムホテップは夜空を見上げた。明日にでもローマ軍がエジプトに到着するだろう。
「ルリ、お前の命に願おう。約束する。来世でもお前に出逢い必ずやお前と想いを添い遂げよう」
だから。
待っていて欲しい。
私もそちらへ逝くから。
寂しい思いはさせないから。
だが、神はその思いを許しはしなかった。
……愛している。
end
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