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狼御礼・拍手短編・番外編小説  (槙村・ヤマト)
運命の始まり ルリ 
 ルリは神殿の裏口へ、お供え用物の入った籠を抱えて入って行く。ルリの毎日の日課だ。
 親元から引き離されて、エジプトへ連れて来られたのはルリが6歳の時。内戦で罪の無い市民が殺されて行く中、姉が命懸けでルリを連れ、エジプトへ逃れたのだ。だが、流行病にて道中、死んでしまった姉に縋り泣くルリを、警備に応っていた近衛隊長イムホテップが、神殿に連れて帰ったのだ。丁度下働きの下男が不足していると聞いていたイムホテップが、少しばかりの親切心からだったのだが。
 命拾いしたルリは、大神官アルマの下男として働いている。ルリは北陸の血が混ざっていたのか、青い瞳を持っていた。黒い瞳のエジプト人からすれば、敵国ローマの子供だと、蔑む者がいる。
 だが、ルリはこの青い瞳が好きだった。何故なら、命を救ってくれたイムホテップが、事の他瞳の色を褒めてくれたからだ。
「まだそんな仕事をしているのか? まだ仕事は山済みなんだぞ?」
 先輩達は睨みながらルリを怒鳴る。
「今終わりました」
「だったら、新しい飲み水を汲んで来い!」
 ルリは頷いて神殿裏の井戸へ急ぐ。
 神官達の生活水が、この井戸から供給される。
「ルリ」
 ルリは声の主に振り返る。
 イムホテップが、仕事の交代で立ち寄ったのだ。
「イムホテップ様」
 頬を染めて駆け寄ると、イムホテップがパンをひとつ手渡した。
「また食いっぱくれたんじゃないのか?」
 イムホテップは今年28歳になる青年で、背が高く恋の噂の絶えない男だ。あのクレオパトラの寵愛を受けたと噂まで有る。
「イムホテップ様」
「きちんと食わねば、大きくならぬぞ? お前今年で10歳だろう?」
「覚えていてくれたのですか?」
「当たり前だ」
 優しく見詰められてルリは俯く。
「ルリ、私は暫らくローマへ行く」
「…女王様が、ローマへ行かれる話はこちらまで聞き及んでおります。お子様もお連れだとか」
 イムホテップが頷く。
「カエサル殿がローマでお待ちだ。私はその護衛に着く」
「いつまで…いつまで行かれるのでしょうか」
「寂しいか?」
 うっすらと涙を浮かべるルリの目尻に口付けすると、イムホテップはルリの唇にそっと触れた。
 ルリは真っ赤になって双眸を見開く。
「帰国したら、大神官に願い出て、お前を引き取ろうと思う」
「アルマ様に?」
 ルリは親代わりのアルマを思い浮かべる。引き取られてから、ヘブライ語を教えてくた。6歳以前の記憶があまり無いルリに、『瑠璃は神の石だ。此処へ来たのはそなたの運命。神に導かれたそなたに相応しかろう。本来ならば他国の奴隷に身を落としても不思議では無い。だがそなたは神に近いこの神殿に連れて来られた。神の保護無くして如何ようか。イシス神に身と心を以て忠誠せよ』と、アルマに何度となく聞かされて来た。

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あきゅろす。
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