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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)

鈴と里桜が夕方小早川家に到着すると、金髪の外人女性が出迎えた。
「母さんただいま!」
「お帰り鈴、里桜お迎えありがとう。陸がもうすぐ診療から戻る頃よ」
「了解。陸に後を任せたからゆっくり時間が過ごせたよ」
「鈴が我が儘云わなかった?」
「母さん、僕もう子供じゃないよ」
鈴は母親の頬にキスをすると、リビングへ向かった。そこには祖母の薫が満面の笑顔で出迎える。
「鈴」
「ただいまおばあちゃん」
最近めっきり脚の調子が悪いとかで、車椅子の生活をしていた。その後方で、白衣姿の小早川陸が出迎える。ちょうど診療が終わって母屋に来た処らしい。
「父さんただいま」
「お帰り鈴、なんだちっとも変わってないなお前。」
「そう?」
「鈴、お仏壇に手を合わせておいで」
里桜に云われて「はい」と返事をし、リビングを出る。突き当たりに和室があって、そこに大きな仏壇が在るのだ。お盆が近いせいか、親戚から送られた品が置かれていたり、花が沢山飾られている。上を見ると、亡くなった過去の人達の写真が飾られていた。その端には若く幼い少年の写真が在る。名前は【鈴】今の鈴と同じ名だった。見れば見るほど自分にそっくりで、ただ違うのは今の鈴は母親譲りの金髪に蒼い瞳だ。
「鈴」
背後から呼ばれて振り返る。そこには2人の男が立っていた。疾風と隼人だ。今、疾風は近くの高校で校長を務めている。隼人は個人病院の院長だ。鈴を迎えに来た里桜は、隼人の後を継ぐとかで、大学病院から今年の春実家の病院に戻ってきた。そして、鈴の父親は副院長だ。この20年で、小早川医院は大きく建て増しをしていた。先代の祖父が念願だったらしい。亡くなる前に夢を叶えられて良かったと、薫が涙を零していた。
「あんまり身長変わんねぇな鈴」
「疾風伯父さんがでかすぎなんだよ」
「羨ましいだろう?」
鈴が唇を尖らせる。
「むかつく」
「……鈴」
傍らの隼人が、鈴の頭を撫でる。
「いつまで居られるんだ?」
「え? あぁ。バイトがあるから長くても2週間」
「そうか」
隼人が眼を細める。隼人はよくこうして鈴を悲しそうに見詰める。けれど鈴は敢えてその意味を訊かないでいた。昔、悲しい恋をしたのだと祖母は云っていたからだ。
―――どんな恋をしたんだろう?
「兄貴、夕飯まで医学学会の資料に眼を通しているよ」
「そうか?」
 隼人が和室を出て行くのを、疾風と鈴は見送った。


 隼人は和室を出ると、その隣の部屋のドアを開ける。その部屋はかつて【鈴】が使っていた部屋だ。当時のまま、里桜は毎日風を入れ替えたり埃を落としたりと部屋の管理をしている。未だこの家には【天音鈴】の面影が住み着いている。
 あの日、文化祭の当日、隼人が自分の思い通りにならないと理解したあずさが、隼人を殺そうとした。その時、鈴は隼人を庇ってその命を堕とした。まだ17歳の子供だった。泣き続ける薫の身体を心配した家族は、強制的に病院へ入院させた。早産の恐れがあったからだ。やがて暗く沈んだ家庭内に生まれた子供(陸)に時間を費やされ、里桜は教師の道を諦めて医者になった。医者になると決めたのは、里桜の強い希望でもあった。鈴を永遠に失って、隼人の傍に居たいと思ったのだ。疾風とはひっそりと恋を繋げている。
 そうして時は無情にも、隼人の頭上を流れていった。隼人の心は鈴が死んだあの日に時を止めてしまった。
「鈴」
 隼人はベッドに腰を下ろした。
 やがて時は過ぎて、末っ子の陸はアメリカ人女性と恋に落ち、男の子を設けた(どうやら小早川家は男子の生まれる確率が高いらしい)。生まれた子供は、左の肩に羽の痣を持って生まれた。薫が泣きながら生まれた子供をそっと抱いた。
「鈴よ、あの子が生まれ変わったんだわ」
「薫さん、この子は」
 疾風が心配して云う。だが、誰の言葉も耳を貸そうとはしなかった?は、赤子に【鈴】と名付けさせた。家族は?の気持ちを尊重し、赤子に【鈴】と命名したのだ。鈴が生まれた事で、不思議な事はいくつか起きた。最初に言葉を覚えて発したのは、母親にではなく?に手を伸ばして「かあちゃ」と云ったり、里桜に「にいに」と云ったりと、誰もが驚愕した。きちんと物心が付く頃になるとよく犬の絵を描いていた。
「これは犬かい? よく描けているね」
 ある日隼人が小さな鈴を膝に乗せて画用紙を手に眺める。すると、
「いぬさんじゃないよ、これはおおかみさんなの」
「……狼?」
「うんとね、ジンはすごくつよくてやさしいの。おおきくなったらあえるんだよ? ぼくをずっとまっていてくれているの」
 ―――ジン? 何処かで聞いた名前だ。
「かみさまはね? ぼくにいったの。つぎにあえて、きもちをつたえられたら、ゆるしてあげるって」
「何を?」
「うーん、わかんない。でもね? ジンはおおかみにならないで、にんげんになるの」
 鈴は脚をぶらぶらさせながら、大事そうに画用紙に描いた絵を見詰めている。
 隼人は苦笑した。
 ―――なんだ。夢物語か。
 隼人はホッとしていた。


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