鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ 「リン」 校舎に入ると、あまね色の髪の少女が手を振っている。 「ロゼッタ。次の講義?」 「そうよ。リンも次でしょう?」 鈴はロゼッタと肩を並べながら教室へ向かう。他の生徒達が慌ただしく通り過ぎた。去年この大学に入って最初に友達になったのは彼女だった。日本からカリフォルニアの大学を受けて、合格していざ大学生活という時に、鈴は友達が居なかったので助かった。右も左も解らない大学でやっていこうと決めたものの、やはりひとりで居るのは寂しいものだ。 「今年の夏も日本に帰るの?」 「うん。お土産買ってくるよ。ロゼッタのダディに誘われてたカヌー、こっちに戻ったら絶対やるから云っといてね?」 「ふふ、パパはリンがお気に入りだから、喜ぶわね。云っておくわ、鈴」 ふと、鈴は窓ガラスに映る自分の顔を見て脚を止めた。 金色の髪。蒼い瞳。白い肌。男にしては華奢で、大学でできた友人達からはまるで女の子だとからかわれている。でも鈴はこの姿を嫌いではなかった。 「な〜に? リン、自分の顔が気になるの?」 云われて鈴は頬を染めた。 「別に。ほら遅刻しちゃうよ!」 予鈴が鳴り、2人は慌てて掛けだした。 ゴーという音にふと眼を覚ます。機内に乗り込んで数分で寝落ちしたらしい。CAに膝掛けを掛けて貰っていたのに気付いて、眼を擦りながら窓の外を見た。後数時間で日本海域に入る。 ふと、隣の男がこちらを見ていたのに気付いて振り返った。鈴は男を見て息を呑んだ。小麦色の肌に蒼い瞳。黒い髪。懐かしい感覚。 ―――何処かで……。 男と眼が合う。まるで時が留まったかのような錯覚に捕らわれ、自分が息を止めていたのに気付いた。ゆっくりと息を吐き出してみる。心臓がドクンドクンと高鳴った。 「……あの?」 「あぁ、失礼。私はカメラマンで、君に似た子を知っていたもので……懐かしくてつい」 「……カメラマンですか?」 男は胸元のポケットから、名刺を1枚取り出して、鈴に手渡してきた。 名刺には【ジン・イムホテップ】と記載されていた。その名に鈴はじわりと眼を細める。昔何処かで見た記憶がある。 ―――何処で? 記憶の何処かで引っかかる。 「失礼ですが、エジプトの方ですか? 日本語がお上手ですけど……」 名前からして、ふとエジプトを思い出す。 「よくお解りで」 鈴は微笑む。なんだか話しやすい人だと解釈する。 「エジプトはお好きですか?」 「はい! 子供の頃から夢にエジプトを見るんです。僕は小さな子供で、旅の途中で男の人に拾われて命拾いして。でも、その国で戦争が起きて僕は死んでしまうけど、違う国に生まれ変わって。そこで必ず不思議な人に出逢うんです」 「不思議な人?」 「えぇ。物語に出てくるような狼男。優しくて強くて……いつしか僕はその人に恋をするんです。でも、あれ?」 「どうしました?」 鈴は既視感に捕らわれていた。あの夢に出てくる人はこんな顔ではなかっただろうか? あの夢に出てくる人は、ジン・イムホテップという名ではなかったか? 「あ、あぁ、すみません。変な話しをしてしまって」 「いいえ。その話しに続きはありますか?」 鈴は頬を染めた。 ―――僕は、この人を知っている気がする。 「最後に、見た夢は……思いを遂げたその人と、死に別れてしまって……眼が覚めると僕は泣いているんです。何度か同じ夢を繰り返し見ては」 右頬にジンの手が添わされる。涙が零れた。 「鈴」 里桜が出口ゲートで手を振るっている。 「ただいま!」 「お帰り、元気だった?」 「うん! もうお腹空いたよ。どっかでご飯食べてこうよ」 「そうだな、ちょうどお昼前だし」 「やったー、里桜伯父さんのおごりね?」 里桜が苦笑する。 「何が食べたい?」 「日本食久し振りだから蕎麦が食べたい」 鈴は嬉しそうにはしゃいだ。里桜は双眸を閉じて、遠い記憶の隅に置き去りになった愛しい者へと、思いを爆ぜる。 あの日、突然訪れた永久の別れに。目の前を歩く鈴を見詰めて。 [*前へ][次へ#] [戻る] |