鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ ふと、ジンが脳裏に浮かんだので、かき消した。 ―――これを最後にするから。そうだ最後にしよう。 皆が幸せになる為に。 鈴は疾風を見た。 「行く」 薫に云われていた店屋物は食べる気がしなかったので、里桜が2人分の簡単な料理を作ってくれた。里桜は結局の処、生徒会のメンバーと教師陣との食事をキャンセルしたのだ。鈴とジンを2人だけにはしたくなかったのだ。鈴は風呂からあがると、リビングのテーブルに提出しなければいけない、進路希望が置かれているのを見付けた。第1希望がW大学。第2希望がS大学。どちらもここからは通えない。里桜はこの家から出るのだろうか? 里桜が鈴に気付いて進路希望の用紙を見た。 「鈴はもう提出したのか?」 問われて鈴は首を横に振った。 「まだ。何も決まってない。最初は看護師とか考えたけど、なんか最近解んなくなって」 里桜は困ったようにソファーに座った。 「今週中には提出だからな。適当に書いて、大学行ってから考えても良いんじゃないのか?」 「そうれもありかな。兄ちゃんは?」 「俺か? 俺は教育学部かな。小学校の先生とか」 鈴は里桜の隣に座るとびっくりして「先生?」と訊き返した。 「兄ちゃんなら良い先生になれるよ」 「そうか?」 「うん」 鈴が頷くと腹の虫が鳴った。里桜が笑って立ち上がると、手を差し出した。鈴はその手を取って立ち上がる。 「ご飯にしよう。魚が在ったから焼いた。後は卵焼き」 薫と晴臣の分も作って、ラップしてある。2人はダイニングへ向かった。 明日の朝の文化祭は、いつもより早めに家を出ないといけないのだが、これを最後にと疾風の話しに乗った。鈴は、心配だからとついて来た里桜と2人で隼人の居る病院の裏口に、疾風と落ち合った。時間は日付が変わって土曜日。 体調不良で救急患者が数名、緊急外来に居た。付き添いの親戚を装って、3人がうまく病院内に入った。 「ナースステーションに気を付けて、病室に行こう」 「先生、あのあずさって人に見つからない?」 里桜が小声で訊く。 「此処は完全看護だから夜中は隼人だけだ」 ―――今は隼人さんだけ……。 鈴は薄暗い廊下を見詰めた。里桜と疾風に時間になったら落ち合う場所を確認して、そっと病室の扉を開く。1人部屋の室内は広く、隼人はベッド脇のライトを点けて、腰の後ろに枕をあて座ってた姿勢でアルバムを見ていた。隼人が顔を上げて、双眸を見開く。 「鈴君」 余所余所しい声に、鈴は目頭が熱くなった。 ―――生きていてくれるだけで、良いんだ。贅沢を云ってはダメだ。 鈴は覚悟を決めて、笑顔を顔に張り付けた。罪悪感に、隼人が苦しまない様に。 鈴はベッドに、隼人の傍に歩み寄った。 「なんだか久しぶりだね」 「うん。ごめんなさい…文化祭があって準備で…」 あずさに来るなと云われたら、これから始まる2人の生活に溝を作ってはいけない。 「文化祭か。そういえば明日退院するから、その序でに行かせて貰うよ」 鈴は嬉しくて、つい本当? と聞いてしまった。隼人に会うのはこれで最後にしようと思ったのに……。心が喜んでいる。 「里桜君から文化祭の入場招待状を貰ったんだ」 「そうなんだ」 刹那、鈴と隼人は見詰め合った。口内が渇く。ゴキュッと唾を呑み込んだ。 「あの…」 鈴が唇を開いた。そして。 「あの、ね? 僕隼人さんに謝らないといけないんだ」 隼人が双眸を見開く。 「どうしたんだい? もしかして私の何か、そうだな大事な宝物を壊しちゃった?」 おどけて云う隼人の頬に、鈴は背を伸ばしてキスをする。 「り、ん君?」 隼人は驚いて鈴を見詰めた。 「僕ね? 隼人さんに大好きって告白したんだ。嫌われるの覚悟で…。そしたら隼人さん優しいから僕に合わせてくれて…ごめんなさい、きっと記憶を失ったのは僕のせいだよね。僕……ね」 「ま、待ってくれ! 鈴君それは」 「僕は」 隼人の制止を止める。 「僕は、隼人さんの前から居なくなる」 「なんだって?」 「アメリカへ行こうと思う。鈴音さん…僕の本当のお母さんの所に」 隼人はドクンドクンと不快に鳴る心臓に手を当てた。 鈴は一歩下がる。 「待っ」 手を差し伸べられた。その手を取ってはいけない。 鈴の頬に涙が零れ落ちた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |