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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)
静寂
「すまないね、待たせて」
 小早川晴臣は、応接室で待つ宮根春彦と高橋剛に挨拶をする。2人はソファーから腰を上げた。薫が少し前に3人分のお茶を出してから、買い物へ行くからと出掛けている。
「お休みの処すみません」
 春彦がお辞儀をすると、晴臣に促されて剛とソファーに腰を下ろした。
「電話で云っていたが、訊きたい事とは?」
「はい、あの…先日先輩の見舞いに行ったんですが、あずさ先輩に会いまして…先輩の子供を妊娠していると聞かされたんですが」
 晴臣は苦しげに息を吐くと、お茶をひと口含んだ。玉露の甘みが喉の渇きを癒やしてくれる。が、晴臣は喉に小骨が刺さった様な不快感でこの処気落ちしていた。
「前に大学で精子を凍結する話が出て、確か先輩はその日体調不良で参加しなかった筈なんです」
「え? じゃあ、あの女嘘ついてんのか!?」
「妊娠は嘘じゃないと思うけど」
「どういう事だ? あの女は違う奴の子供を妊娠しておいて、隼人…、あいつを騙して『あなとの子供だ』とかぬかしてんのか?」
 剛が首を傾げる。もしそうなら許せない。
「剛君」
「は、はい」
「宮根君、だったね。薫さんには云わないで貰えるかい? 出産を控えているから、心配は掛けたくはないんだが」
「はい。それは大丈夫です。な、剛」
 隣に居る剛にも共犯者になれと促す。
「おう、大丈夫だ」
 晴臣は苦笑し、直ぐに真顔になった。
「夏に、合宿があっただろう? その時隼人から鈴君との事を告白されたんだ」
「「え」」
 勿論ショックだったし、それ以上に隼人が身体的に子供ができないと云われた事だ」
「えっと?」
 剛が困惑して春彦を見る。
「精巣や内分泌系の異常障害ですか」
「造精機能障害の中でも重い障害でね。子供の頃に高熱を出して、それが原因だ。隼人は『申し訳ないが跡継ぎは生まれない』と云われたよ。期待しないで欲しいと」
 剛は呆然として、ギリッと歯を食い縛った。
「やっぱりあの女、皆を騙しやがったのか!」
「それは、違うと思うんだが」
 晴臣が云う。春彦と剛が「は?」と訊き返す。
「病室で『なんならDNAを調べてくれても』と云ったんだ。あずささんは隼人の子供を妊娠したと信じているということだ」
「それって誰かがあの女を騙しているってことかよ?」
「そういう事になるな」
 春彦は押し黙った。
「ただいま。あら、3人で深刻な顔をしてどうしたの?」
「「「っ!?」」」
 ギョッとなって振り返る。薫がドアを開けてこちらを見ていた。
「夕飯作るから、2人とも食べて行きなさいな。鈴ももう直ぐ帰ると思うし」
「や、ええっと」
「薫さんすみません、この後用事があるのでおいとまします」
 春彦が立ち上がって、剛も慌てて立ち上がる。薫は首を傾げて残念ねと、2人を玄関で見送った。


「兄ちゃん」
 里桜は机でぼんやりとしていた鈴に気付いて近寄ると、声を掛ける前に鈴が先に気付いた。
「どうした? ぼうっとして。剛は珍しく見掛けないな」
「剛は用事あるって、帰ったし…そろそろ期末テストだから、部活は期末待機で休みだし」
「そうだったな。それでもこの学校って部活動甘々だよな。勉学優先だし。宝生学園の方がどっちかというと部活熱心だけど」
「そうだね」
 里桜が帰宅の支度をする。鈴も鞄を手に里桜の許へ歩いた。
「それはそうと、モデルの方はどうなんだ?」
「ん? うーん、もうそろそろ辞めるつもり。あ、そうそう、びっくりなんだけど、あの鈴音さん、近い内にアメリカに戻って結婚するって」
「は?」
 里桜が驚いて脚を止めた。下駄箱付近で雑談をしていた数名が振り返る。
「それでね? 『新しいパパが欲しかったらアメリカに居るから』って。上条さん可哀想」
「…あの人らしいって云えばらしいよな」
 鈴が思い出して小さく笑った。里桜はジッと鈴を見詰めた。
「鈴」
「ん?」
「お前は何処にも行かないよな?」
 鈴が双眸を見開いた。
「遠くになんか行かないよな? その、皆を、置いて」
 鈴は微笑んで里桜を見詰めた。
「行かないよ。兄ちゃんがちゃんと幸せになった姿を見るまでは」
「なんだよそれ、生意気だな」
 鈴が笑いながら走った。その姿を里桜は不安な想いで見詰めて歩き出しす。何故『遠くになんか行かないよ』と云ったのか、解らないままに。


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あきゅろす。
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