鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) おかしな夢 「ジン・イムホテップだ」 「イムホテップ?」 里桜が驚いて訊き返す。今度は疾風と鈴が里桜を見た。 「いや…えと」 里桜が口に指先を当てて、眉間に皺を寄せた。 「兎に角教室入れ」 隼人が鈴と里桜を促した。里桜はジンを警戒して鈴の腕を掴む。 「兄ちゃん?」 「後で話すから、鈴に訊きたい事もあるし」 (夢に出て来たアイツな訳が無い。でも、偶然?) 里桜はジッとジンの背中を見詰めていた。2人が席に着くのを確認して、疾風がざわめく教室内を見渡した。 「あぁ、静かに。急なんだが、今日から暫らくこの学校内の撮影をするので邪魔は」 「マジで!? その人ジン・イムホテップでしょう? 写真家の!」 女子生徒が立ち上がって興奮して訊いて来る。鈴が双眸を見開いてジンを見詰めた。写真家なのは撮影現場で逢っているから、しっている。が、有名人なのだろうかと驚いた。 「なんだ知ってるのか?」 疾風も驚いている。 「私ファンなの!」 「なんでこの学校の撮影?」 「学生生活の風景を撮るのに来た」 ((それだけ?)) 鈴と里桜が胡乱げに見る。里桜は夢に出て来た少年を思い出していた。 生まれつき身体の弱い少年は、幾度か里桜の夢に出て来ていた。 金色の髪に左右違う色の瞳。生まれて直ぐに母親が死んで、不吉な赤ん坊は城から離れた場所に建てた家に、ばあやと暮らしていた。里桜はその少年の見る目線や、背後から景色を見ていた。可笑しな夢だ。でも、里桜もその少年が自分と深い関わりがあると思い始めていた。夢から覚めれば、そんな馬鹿なと笑うのだが。 その少年はいつも鏡に向かって話しかける。ばあやが少年の身の周りの世話をしていた。 「おはよう、僕の友達」 ノックがして、部屋の外から老婆が声を掛ける・ 「リオラ様、おはようございます」 「おはようばあや」 少年、リオラは鏡から離れて、寝間着を脱ぐ。露わになった肌は白く、左の肩に羽の痣が現れた。着替えを済ませたリオラはリビングへ行くと、美味しそうな白パンに野菜のスープが用意されていた。 「リオラ様、今日は姉上様の婚約者様がおいでになられるので、城には近づくなと旦那様からのお云い付けです」 「…姉さまの? 花嫁姿、きっと見れないだろうな。きっとお綺麗だろうね」 寂しそうに云うリオラを、ばあやは辛そうに眺める。 「本当ならリオラ様が伯爵家の跡取りでしたのに」 「それは云わない約束だよ」 リオラが苦笑する。そこへドアをガリガリと擦る音がして、ばあやがドアを開けてやった。 「ジン、おはよう」 ジンと呼ばれたオオカミは、尻尾を振ってリオラの足許に寝そべった。 「リオラ様、その犬に食事を与えずにご自分でお食べ下さいね?」 こっそりあげようとしたニンジンを、ばあやに見られて肩を竦めた。 「オオカミなのに人に懐くなんて」 ばあやは呆れて洗濯物を抱えて外へ向かう。 「怒られちゃったね」 リオラは笑ってオオカミの頭を撫でた。 「本当は凄くかっこいい男の人なのに」 ジンが見上げる。 「大丈夫。僕達だけの秘密だからね?」 「兄ちゃん」 里桜がハッとして、顔を上げた。もうホームルームは終わって、周りの生徒は授業の用意をしている。 「大丈夫?」 「あ、あぁ。あの男は?」 「ジン? 先生さんと一緒に職員室に戻ったよ」 「…そうか」 里桜は小声で云う。そういえばあの少年の左肩に在った痣は、鈴にも同じ場所に在る。 「それより、あのジンってなんだ? いつ知り合ったんだ」 「例の写真撮影で、カメラマンで来てたんだ」 「それだけ?」 鈴はばれないように頷くだけにした。 「兄ちゃんは? ジンを知ってるの?」 「知っていると云うより、変な夢を見るんだ」 鈴は夢と聞いて息を呑んだ。鈴は古代エジプトの夢を見る。まさか里桜もあの夢を? 「なんだか中世ヨーロッパみたいな所で、鈴と同じ痣を持った子供が出て来るんだけど」 「ねぇ、それってさ、前世の夢じゃない?」 突然横から、同じクラスの川辺りさが声を掛けて来た。 [*前へ][次へ#] [戻る] |