鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ 誰かが石畳の上を走っている。ひとりでは無い。数人が慌ただしく走っている。 (またあの夢だ) 鈴は柱の隅で天井を見上げた。誰も鈴に気付かない。これは夢だから、仕方ないかと諦めるが。天井は恐ろしく高く、柱も何本在るのか解らない。柱の陰から左手を見ると、映画で見たエジプトの風景が広がっていた。日差しも熱く、ナイル川の水面が太陽に反射してキラキラと輝いている。 鈴は思い切って脚を踏み出してみた。ひんやりとした石畳が気持ちいい。 「おい聞いたか?」 前方から来た白い民像衣装の男が、後方から来た男に話し掛ける。 「聞いたぞ。戦争になるかも知れないって話しだろう? 女王がご帰国なされて泡立たしい。どうやらカエサル様がブルータス殿の裏切りで、暗殺されて女王が皇子を連れて急ぎの帰国。エジプトはどうなるのか」 「イムホテップ様もご一緒にご帰国だ。エジプトが負ける訳が無い」 鈴は宮殿から出ると、後方での会話を聞きながら、ナイル川を目指した。夢なのに何故こんなに暑いんだと愚痴る。途中で子供の泣き声を耳にして、脚を止める。 見れば葦の間で蹲る少年が泣いていた。 「何処か痛いの?」 どうせこれは夢で、鈴に誰も気付かないから声を掛けてもきっと、この少年も気付かないだろうと、ダメもとで訊いてみた。 が。少年は驚いて鈴を見上げた。これには鈴も驚いて、あぁ、これは夢だからだと、気を持ち直した。 「お兄ちゃん誰?」 「えっと」 少年は上半身裸に腰には布を巻き付けている。鈴はパジャマの姿で何やらちぐはぐな後景だ。 「怪しい者じゃないからね」 少年の手には小さな小鳥がぐったりとしている。これで泣いていたのか。 「その子どうしたの?」 「この子親と逸れていたから、僕が面倒を見ていたんだ。なのに王宮で飼われてる猫に襲われて」 (猫ってこの時代でも飼われてたのか) いやこれは夢だと、鈴は唸る。 「可哀想に、お墓を作らないとね」 鈴は小鳥を預かると、その手の中のリアルさに背中がゾッとした。2人は土を掘り、小鳥を埋めてやると手を合わせる。 「お兄ちゃんありがとう。お兄ちゃん不思議な恰好してるね? 名前なんていうの?」 「え? あぁ鈴っていうんだ」 「僕はルリっていうの。なんかちょっと似てるね?」 知ってる。だってこれは僕の夢だもの。遠くでルリを呼ぶ声が聞こえる。 「アルマ様だ! ばいばいリン、またね?」 涙の跡を残した頬がなんだか可哀想で、鈴もルリに手を振った。 鈴はドアのノックで眼を覚ました。 「おはよう鈴、起きたか?」 「うん」 身体を起こそうとして、またあの怠さが鈴を苛んだ。変な夢だ。喉が異様に乾くし眼がまだチカチカして寝た気がしないのだ。 学校へ行かねばと、鈴は気合を込めてベッドから立ち上がった。 夜、メールだけ隼人に送って二度寝して、約束通り上条に学校へ送って貰った鈴は、教室で里桜に捕まった。この学校では夏休みの間に2日だけ出席しなければいけない日が在る。年間の出席日数の埋め合わせだ。 「メールも電話の出なくて心配するだろう」 「ごめん、急に僕倒れて上条さんとこに泊まっちゃった」 「倒れたって!?」 「大丈夫だよ、初めての撮影で緊張してたからそれで」 ジンにされた事は伏せて云う。里桜が溜息を吐いた。 「兎に角無事ならいいよ」 「うん…ごめんね…って兄ちゃんも疲れてるね。顔色が悪いけど」 「ん? あぁ。変な夢を見て」 「こら、もう直ぐ予冷が鳴るぞ、鈴、里桜教室に入れ」 疾風が促す。後方で背の高い男がこちらを見ていた。碧い瞳に浅黒い肌。上下黒のモデル体型。鈴は驚愕して固まった。 「ジンさん!?」 疾風と里桜が驚く。 「なんだ鈴知り合いか?」 「鈴?」 「えと」 された事を思い出して真っ赤になる。ジンは眼を眇めてニヤリと笑った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |