鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ 「あ、隼人さん、鈴が昼から部屋に篭もってるから」 「昼から?」 時計を見れば、帰宅して別れてからかれこれ6〜7時間は経っている。隼人は2階へ上がり、鈴の部屋のドアをノックする。返事が無く、隼人はドアノブを握り中へ入った。 「鈴?」 見れば鈴は机に突っ伏して眠っている。広げられたノートには数式がズラリと書かれ、その脇に積み重なったノートが数冊。昔は鈴と里桜の家庭教師を買って出て、鈴は一生懸命に勉強していた。隼人は懐かしい場面を思い出し、華奢な鈴の背中を優しく揺する。 「ご飯だよ鈴」 「…ん…?」 むにゃ、と寝ぼけた様子で顔を上げる。隼人はその頬にキスをした。 「鈴君」 部活の後片付けをする鈴の背後から、晴臣が声を掛けてきた。鈴と剛が驚いていると、晴臣は困った様子で微笑んだ。 「私も此処の卒業生なんだよ。懐かしいな。流石に校舎は新しい物に変わっているけどね」 「そうなんだ?」 剛が云いながら、鈴の持つポールを奪う。 「鈴に何か話でもあるんだろ? 院長先生。鈴、此処は俺に任せて先帰れよ」 「いいの?」 「すまないね、剛くん」 剛は手を振って倉庫へ向かう。晴臣は傍に在ったベンチに腰を下ろした。鈴もその隣に座る。 「どうしたんですか? 母ちゃんに何かあったとか…?」 「いや、薫さんの事は大丈夫心配ない。話をしたいのは他の事なんだ」 晴臣は膝に載せた両手を握り締める。鈴は何となくだが、晴臣が考えている事を覚る。 「隼人の事なんだ」 鈴は静かに耳を傾けた。遠くでサッカー部の声や、野球部の球を打つ音が聴こえる。 「単刀直入に話そう。隼人には結婚相手に相応しいご令嬢が居る」 「…はい」 「彼女の強い希望だ。隼人は私の病院の後継だし、私はその先の後継を望んでいる」 即ち、子を産める女性が隼人の隣に立つのが、親の望みだと晴臣は云う。 「鈴君には隼人が申し訳ない事をしていると思う」 「お父さん…」 「酷な事を君に願う私を許して欲しい。こんな話を切り出しても…それでも君にお父さんと呼んで貰える事に、私は感謝しているんだ。鈴君、頼む…隼人の事は」 ドクンと不快な鼓動が鼓膜に響く。やはり、いつかこんな話がされるのではと、頭のどこかで解っていただけに、やはりショックは隠せない。唇が乾く。息が苦しい。 「あ、れ〜〜〜?」 ふと、間延びした春彦の声が降ってくる。晴臣が驚いて後方へ振り返った。 「先輩のお父さんですよね? お久しぶりです」 晴臣は立ち上がって、首を傾げた。 「君は?」 「隼人先輩にはお世話になりっ放しでした。大学受験の勉強に付き合って貰ってました」 「あぁ、よく家に来ていた…」 何故此処に居るのかと、思案した様子に春彦が肩を竦めた。 「今此方の保険医をしているんですよ」 「…そうか」 頷いてから鈴に視線を戻し、立ち上がった鈴にぎこちない笑顔を向けた。 「帰りは遅くならないように」 「はい」 返事をして晴臣の背中を見送る。晴臣の親としての心配を思うと、鈴は胸苦しさに息を吐き出した。 「大丈夫?」 ポンと背中を叩かれて、鈴は俯いていた顔を上げた。 「先輩を信じなさいよ? 鈴ちゃん」 「晴ちゃん…聞いてたの?」 「ん〜にゃ。多分そうかな〜? みたいな? ほら、僕ちん空気読める人だも〜ん」 春彦の優しさに、漸くホッと身体の強張りが抜けるのを感じた。 「晴ちゃん。僕大丈夫だから」 「…鈴ちゃん」 やはり心配そうに見詰めてくる春彦に、鈴は微笑する。 「そうだ、ね、聞きたい事あるんだけど…男はお父さんに似るの?」 「は?」 鈴はウキウキしながら上条を思い出す。背が高くて男前。 「僕の本当のお父さんに逢ったんだ。凄くかっこいいんだよ?」 「それ、剛から聞いた。鈴ちゃんのお父さんはあの上条貴博だって? 云われてみれば似てる所あるよ」 鈴は胸の中が擽ったくて、ポーっとしてしまった。鈴もあの人みたいになれるか。 「あの〜もしもし? 鈴ちゃん? 君はどっちかって云うと、お母さん似だからね? もしも〜〜〜〜し…聞いてないね」 [*前へ][次へ#] [戻る] |