鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) 親子対面 「私だって色々考えるのよ? 鈴が私達の所へ来た時、昔貴博が大事にしていた子供の頃の写真に写っていた、死んだっていう弟に何処か似ていて…あぁ、この子は貴博の子供なんだって思ったら、守ってあげないといけないと考えて」 薫が双眸を細めて、鈴を見詰める。 「鈴の人生なのよね」 「母さん」 里桜が声を掛ける。 「背中を押してあげなきゃ、あんた私に遠慮するんじゃない?」 「母ちゃん…」 薫は吹っ切れたように笑顔を向けた。 「もういいわ。会ってらっしゃい。その代り、あんたの母ちゃんは私だからね」 鈴も里桜も眼を合わせて大きく頷いた。薫はそこだけは譲らないらしい。廊下で心配そうに立つ隼人は心底安堵の息を吐いた。 約束の日、鈴は約束の時間に隼人と指定されたグランドホテルに来ていた。ロビーには撮影に使う機材班が居て、カウンターに鈴音が居た。 「大丈夫?」 隼人が鈴に耳打ちする。今日初めて上条に逢うせいか、緊張してご飯が進まなかったのだ。 「なんとか」 「鈴」 鈴音が鈴達に気付いて歩み寄る。 「上条はもう部屋に来ているわ。上に行くわよ」 「っ」 鼓膜がドクドクと脈打ち、唾を呑み込む。促されるまま4基在るエレベーターのうち、1基が丁度降りてきたのでそれに乗り込んだ。ふかふかの絨毯が足音を吸い込み、ガラス張りのエレベーターから、外の景色が見える。夜景ならきっと息を呑む素晴らしい景色が見れそうだ。 「レインボーブリッジが見える」 鈴はガラス越しに呟く。 「夜景は素晴らしいわよ?」 「…失礼ですが、鈴音さんは今…」 「私?」 鈴音はちらりと鈴を見る。 「一応今はひとりよ。淋しいものね、鈴を手放して初めて自分の愚かさを知るなんて。……薫は優しい?」 鈴は鈴音を見る。 「『母ちゃん』はいつだって優しいです」 「鈴」 隼人が瞠目した。 「ふふ。嫌味が云えるぐらいなら大丈夫だわね? ほら、着いたわよ」 鈴音は開いた扉から、先に出た。 今日、天音鈴に逢えるという事で、上条貴博は昨夜から落ち着かない。 「上条、少しは落ち着け。お前を見ていると檻の中の熊を見ている気分だ」 マネージャーの秋元が、部屋を彷徨う上条を一瞥する。彼は上条がデビューした時からのマネージャーだ。彼はソファーに座り、上条のスケジュールを確認している。 「ソワソワしなくても、逢えるだろ」 「逢えるさ。初めて逢うんだ」 赤ん坊の写真から今の姿までの写真を、何度も繰り返し見ていた。天音鈴。鈴音に似ているが、不思議と上条の死んだ弟にも何処か似ている。 家族…。 上条貴博にとって家族は絶対的な存在。上条があの日、弟が可哀想で3人で行って来てと云わなければ。次回一緒に旅行に行こうと、引き止めていれば、今も3人は上条の傍に居ただろう。物思いに耽っていた時、ドアのノックが聞こえた。 「入るわよ?」 「どうぞ」 鈴音の声だ。秋元が云ってソファーから立ち上がる。鈴音は鈴と先日会った小早川家の青年医師を中に促した。上条は鈴を凝視した。恥ずかしそうに上条を見て、背後の青年医師を見上げる。上条は磁石が引き寄せられるかのように、鈴に歩み寄った。 「君が鈴だね? 初めまして」 上条は右手を差し出した。 テレビやポスターで見た上条貴博が、目の前に居る。 上条の声が鈴を呼ぶ。鈴は鼻の奥がツンとして、涙を零した。上条は戸惑った様子で、鈴の涙を右手の人差し指で拭ってやった。 「初めまして…」 鈴が云うと、上条は微笑する。 「抱き締めても良い?」 鈴は頷くと、鈴からギュッと上条に抱き着いた。大きな手が鈴を抱き締め、背を撫でる。背が高くて包まれる暖かさにホッとした。まるで隼人に抱き締められてるみたいで、安心する。 「上条さん」 [*前へ][次へ#] [戻る] |