鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ 『鈴? 今平気なの?』 「はい」 鈴は不動産屋と話す隼人に手を振る。隼人も嬉しそうに手を振り返した。 『撮影だけど、時期が早まったの。明日だけど大丈夫かしら』 「明日…ですか?」 (急すぎる。心の準備もまだなのに) 『貴博の都合が明日じゃないとダメらしいの。時代劇の撮影が有るらしくて』 「はぁ…」 時代劇。人気俳優が本当に自分の父親だなんて、なんだか今でも不思議な気分だ。 『どう?』 「あ、はい。行きます。場所は?」 そこまで云うと突然、鈴の携帯を隼人が奪った。 「隼人さん?」 隼人はウインクして、電話の向こうの鈴音と話し出した。 「どうも、小早川です。ええ。はい、明日ですね? そこなら解ります。責任持って連れて行きますので。では明日」 ポカーンとした鈴が、ハッとして隼人を見上げた。 「隼人さん明日って」 「明日私が現地へ連れて行くからね? 『お父さん』にご挨拶しないと」 隼人はニコニコと笑顔を振り撒いて、携帯を鈴に返した。 「…何となく不安が」 胸に手を当てながら、鈴は車へ向かう隼人の背中を眺めながら呟いた。その後、鈴は隼人に雑貨屋と家具屋に連れて行かれ、鈴は隼人と新婚さんみたいに生活するんだと、ジワジワと感じていた。これが幸せな時間なんだと、フワフワした気持ちでいたのだ。 隼人は山野井あずさが来た事に驚いた。まさか婚約の話が出るなんて。大学に居る間だけの付き合いと、お互い割り切っていた筈なのに。自分が無責任な男だというのは理解していた。あの頃、宮根春彦を抱く事にも罪悪感は無かった。ただ、鈴の澄み切った眼に自分が映る度、自分の愚かさに背を向けていた。時折夢に出てくる少年にすまないと泣く。 テレビで見るような古代の服装の少年。眼の前で死ぬ命に、ダメだと手を伸ばして目覚める朝の、あの焦燥感と無力さ。 「隼人」 晴臣に呼ばれて、自室へ戻ろうとした脚を止める。あずさが帰った直ぐ後の事だ。 「父さん?」 「話がある、書斎へ来なさい」 晴臣が書斎へ向かい、隼人も後に続く。書斎は隼人にとって子供の頃の『図書館』だった。医学書の他に、晴臣が趣味としている歴史書が揃っていた。その中で心が惹きつけられたのは、エジプト。 「久しぶりに入りました。懐かしいですねこの部屋」 晴臣はソファーに座ると、向かい側に隼人が腰を下ろした。 「昔は、鈴君も好んで此処へ来ていた。やっぱりお前と一緒で、歴史書を見ていたよ。なぁ、隼人…あずささんとの事考えてみたらどうだ?」 「父さん」 「鈴君は」 ひとつ咳払いをした晴臣が隼人を見る。 「鈴君の事は諦めなさい。あの子は男の子だ、跡を継ぐお前には普通に結婚して、子供を作って欲しいんだ。私を失望させないでくれ隼人」 隼人は深い溜め息を零す。 「父さん、私はあの子を諦めたくはないんだ。親不孝ですみませんが」 立ち上がった隼人に晴臣は睨み上げる。 「あの子は薫さんの『宝』だぞ」 「それは里桜もですよ。鈴だけが『宝』じゃない。鈴を引き合いに出さないで下さい。後継の件ですが、申し訳ありませんが誰か親戚を当たって下さい。確か親戚の人で再婚した方が居ましたよね? 相手の女性に息子が居たかと」 「隼人!」 隼人はドアを開けて振り返る。 「明日からでもマンションを探します。鈴は連れて行きますので」 「…この、馬鹿者が!!」 晴臣が叱責する。仕方がない、鈴を手放すなんて考えられないのだから。その変わり鈴の将来は最後まで責任を取る。不動産屋を探し始めたのはそんな事がきっかけだった。 お揃いのマグカップを購入して、ダブルとシングルのベッドを購入した隼人は、後日配送の手続きをして小早川家に帰宅した。 「ただいま」 玄関で靴を脱いでいると、背後から薫がお帰りと出迎えた。 「丁度夕飯の支度が出来た処だから、2人共手を洗って来てね」 鈴は「は〜い」と返事をして洗面所へ向かい、隼人さんは薫にマンション購入と、近々引っ越す話をしていた。 「そう、引っ越すのね。でも、…何で鈴も?」 鈴は玄関から近い洗面所で、2人の話を聞いている。胸が凄くドキドキする。 [*前へ][次へ#] [戻る] |