鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ 「隼人さん、いらっしゃったわよ?」 隼人と晴臣が、ソファから腰を上げる。 「隼人さん」 「…あずさ先輩」 あずさは涙を浮かべて、微笑んだ。薫は人数分の紅茶を出して、あずさは隼人の向かい側に座った。 「私、親から結婚をするように云われて、思わず隼人さんの名前を出してしまったの。ごめんなさい。どうしてもあなたが忘れられなくて」 「その事ですが、私には…」 「良いお話じゃない。それとも隼人さん、他にお付き合いしてる方でも居るの?」 晴臣は視線で隼人に、鈴の事を云うなと告げる。身重の薫に鈴との事が知れればパニックになるだろう。大切に育てた『息子』だから。 「それは」 「お願い、私別れた後もあなたが好きだったの。いえ、今もよ。私は見知らぬ人と結婚なんて嫌。隼人さん」 隼人は溜め息を押し殺して、壁掛け時計を見詰めた。 −−−鈴…。 「私には大切にしたい子が居ます」 あずさは双眸を見開き、泣きそうに顔を歪めた。 「そんな…」 「すみませんが、このお話は無かった事にして下さい」 「…私、忘れるなんて」 涙を零すあずさに、晴臣と薫は困って顔を見合わせていた。 鈴は虫の鳴き声を聴きながら、窓から空を眺めていた。 「眠れないのか?」 剛が布団の中から、鈴を見る。 「うん。ごめん、起こした?」 時間は既に23時になろうとしている。皆、部活動で疲れて眠っていた。 「大丈夫だ。…それより心配事でもあるのか」 起き上がった剛は、肩をコキコキと鳴らす。 「…なあ。鈴は『好き』って言葉をどう思う」 鈴は剛の横顔を見て、微笑した。 「自分の事よりも、相手の幸せを一番に考える。大切過ぎてずっと一緒にいたい。甘くて優しい感情かな?」 剛は驚いて、鈴を見た。 「成長したんだな」 「何それ」 「いや〜お兄ちゃんは感慨深くなるな〜」 「誰が『お兄ちゃん』だよ」 不意に着信音が鳴り、鈴は慌てて出る。 『…鈴?』 ドキンとして、鈴は剛にごめんと告げてトイレに向かう。着信は、鈴音からだ。 「はい」 『今、大丈夫かしら?』 鈴は周りを見渡して、広間の隅に座った。 「大丈夫です」 『…約束の例の話、決まったわ』 鈴は息を詰めて耳を澄ませる。 『来週週末の土曜日、うちの雑誌で上条貴博を使う撮影があるわ。そこで、モデルを使う話があるから、鈴、あなたを使う事にしたから』 「撮影…」 『約束…果たして貰うわ。やれるわよね?』 「…やります」 『では、また後日に時間を教えるわね』 プッと通話が切れる。鈴は薄闇の中で、己の肩を抱いた。 「大丈夫、僕は大丈夫」 繰り返し、呪文のように云う。里桜や薫の顔が浮かんだが、それは霧に包まれて消えた。 『僕は大丈夫』 鬼畜狼と蜂蜜ハニー 第2部 完 [*前へ] [戻る] |