鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ 「さっきまで居たんだけどね〜野獣に気付いて仔ウサギが逃げちゃったの。その人、蹴鞠にして良いよ?」 「へ〜え。それ楽しそうだな」 米髪に青筋を浮かした剛が、携帯を握り締めて唸り、踏み付けた隼人を見下ろす。 「逃げちゃったぐらい嫌だったんだろうな〜鈴からメール来てんだけど? なんなんだよあんた、鈴に何したんだよ!?」 隼人は剛の携帯を奪って、鈴からだというメールを確認した。 『しばらく母ちゃんの所行くから、後宜しく』 「後宜しく?? 私のメールも着信も出ないで?」 「「撃沈だな」」 春彦と剛はハモリながら、内心ざまあみろと舌を出す。いっそ浮上せずに海の底に居ろと毒づかれた。 「俺前に云ったよな? オッサン。鈴を泣かしたら許さないって。あんた何やってんだよ?」 隼人は苛つく感情を抑えて、首を横に振った。 「私が悪い…鈴を迎えに行くよ」 「今はそっとして置いた方が良いんじゃないかな?」 留めを刺した本人は、我関せずとばかりに、窓の外を眺める。 「考える時間をあげないとね」 春彦はうなだれる隼人を見詰めていた。隼人は剛に携帯を返すと、帰ると云って保健室を後にする。 「なんか一気にふけたなオッサン」 「処で…君部活大丈夫? 窓の外から顧問が張り付いてんだけど」 そう云って、晴彦は窓の方を指差した。 「んげ!?」 トカゲのように張り付いた顧問が不気味だ。 「何サボってんだ!」 「すんません!!」 慌てて剛は保健室を飛び出して行く。 「高橋か…やっぱりあいつの弟か〜タイプじゃん?」 さて、どうやって剛を口説き落とそうかと、春彦は楽しそうに思案していた。 「さて…困りました。此処はいったい何処でしょう?」 鈴は携帯を手に、駅からひとりぽつねんと立っていた。時刻は夕刻。周りを見れば田んぼとあぜ道。しかも初めて見ました無人駅。 携帯のナビを頼りに来た鈴は、もう歩けないとしゃがみ込む。小学生の頃薫に連れられて里桜と3人、来た景色を思い出しながら、右か左かと悩む。どうやら駅を間違えて降り様だ。仕方無く薫に電話してみた。 『え!? ひとりでやだ来てんの!? 今何処よ!?』 「う〜んと、駅降りて眼の前田んぼ〜」 『…あんたに訊いた私が馬鹿だったわ…近くになんか目印無い?』 「…目印?」 鈴は背後の山と無人駅を眺める。 「なんも無〜い。でも駅の名前○○○だって。…母ちゃん『クマに注意』って看板が…」 『…そうだわ、GPSっ! 解った私が行くから…動くんじゃ無いわよ? 駅の待合スペースに居なさい』 薫に云われて判ったと云い掛け、鈴の眼の前に車が1台停まった。 「どうしたのお嬢さん、ひとり?」 見知らぬおばさんが、軽トラックの運転席から、顔を出す。 『…やだ、何どうしたの?』 鈴は携帯を耳にあてながら、困って呟いた。 「え〜と? 多分良い人? 誘拐は0.1パーセントの確率かな?? うち、金無いし」 鈴は多分大丈夫じゃん? のノリで云ってみた。が、薫は真っ青だ。昔鈴が小さい時に起きた誘拐未遂があったのを思い出す。その時は隼人が見付けて難を逃れた。 『ちょっと? 知らない人に連いてかないでよ! 怖いわよ!! やだ、母さんっ車出して!』 『薫、落ち着きなさい』 『落ち着けないわよ! なんで里桜はそこにいないのよ!?』 「あ〜う…ん成り行きでね、うん、ちょっと」 −−−やばい母ちゃんのお仕置き決定だ。 どうしようと鈴は冷や汗だ。その時トラックの荷台から、青年がひょっこり身体を起こした。熊のようにガタイがでかい。どうやら寝ていたらしい。 鈴からは見えなかったけれど、この人も悪い人じゃなさそうだ。 「あれ? もしかして鈴ちゃんじゃね?」 鈴とおばさんがびっくりした。誰だあんたはと、鈴は後退る。万が一の逃げの体制に入る。 −−−本当にうち金無いから、医者の家族になったけど、多分無理。 「あら云われてみたら、天音さんとこの」 「…へ?」 『ちょっと聞いてんの!? 鈴』 鈴はぱちくりと瞬きして、両手を組んでおばさんを見上げた。鈴の勘だけどこの人達は良い人だ。 「助けて下さい! お腹もペコペコなんですっ」 腕時計の針は既に夕方を示している。盛大な音が、鈴のお腹で鳴った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |