鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ 鈴は医院の裏口から入り診察室を覗いた。 「…あれ?」 診察室には、まだ白衣姿の隼人と春彦が何やら話しをしている。 「…鈴?」 隼人が鈴に気付いておいでと椅子へ促す。春彦は診察台に腰を下ろしていた。 「…鈴ちゃん?」 「うちの父さんと鈴のお母さんが再婚して、私達は家族になったんだよ。今日引っ越しでね、だからゆっくりは話せない。」 「…ふうん。そういえば、鈴ちゃんとは、さっき携帯ショップで合ったんだよね?」 「うん」 鈴は隼人からコーヒーを受け取り、こくんと飲む。 「それ…」 春彦の不振そうな声に、隼人と鈴が顔を上げた。 「…先輩の飲み掛け」 云われて鈴は真っ赤になった。普段、気にせずにしていた行動は、他人からしたら異様なのかもしれない。 「そこいらの女の子同士でもよくやってるだろ? あれといっしょだよ。私達は昔からやってるから、気にしなかったけどな? 鈴」 「う……うん」 ーーーでもちょっと恥ずかしいかな。 「それは女の子でしょう? 男同士は流石に見ないよ」 云われてみればその通り。鈴は俯いて頷き、コーヒーカップを机に置いた。 ーーーこういうちょっとした些細な行動には気を付けないと…。 「そうか?」 「そうですよ? いくら鈴ちゃんが子供だからって、余所でしないで下さい。同級生に見られたら、鈴ちゃんが可哀想だ」 「あ、あの、春ちゃん今日はどうしたの?」 居た堪れなくなった鈴が訊く。 「ん? 母校で校医をやるからその近状報告を兼ねて、先輩の顔を見に来たんだよ」 「…そう」 鈴はジッと春彦を見詰め、椅子から立ち上がった。 −−−何だかこの空気は嫌だ。なんでだろう。 「鈴…?」 立ち去ろうとする鈴の手を、隼人が無意識に掴んだ。 「あの、夏休みの宿題やらなきゃ。それに荷物まだ片付いてないし…春ちゃん、またね?」 「ああ、またね」 鈴は隼人の手から逃れ、診察室から出て行く。鈴はカーテンの向こう側を見詰め胸に手を当てた。 「は?」 夕飯後、鈴は里桜の新しい部屋に来ていた。 里桜の新しい部屋は、疾風が使っていた部屋で1階南側の日当たりの良い場所だ。 「昼間の男、診察室に来てたのか?」 里桜は教科書を本棚に並べて、ダンボールを片付ける。 「うん…でね? なんか、変なんだ」 「変?」 里桜が手を止める。鈴はベッドに腰を下ろして、枕を抱えて天井を見上げた。 「なんかね…前にも似た光景見たような気がしたんだけど…思い出せなくて」 「…疲れたんだよ鈴。今夜こっちで寝る?」 「良いの?」 鈴はホッとして里桜に抱き付いた。鈴はこういうスキンシップが大好きで、よく里桜に抱き付く癖がある。 −−−安心する。 鈴はひとりじゃないって思えるから。 「これから別々になっても平気にならなきゃな。鈴は慣れなきゃ駄目だぞ? 寝るのは今夜だけな?」 「うん…今日だけ」 鈴は笑った。 隼人はこほんと咳をひとつ吐き、鈴の部屋をノックして開ける。 「り―ん、夜は私のベッドへ………ん?」 中途半端な片付け状態が、物悲しく隼人を出迎える。 「この展開はもしや?」 「残念だったな隼人君」 疾風が面白そうに首を突っ込む。なにげにムカつく。 「俺は今無償に苛ついてるんですが?」 「…おお〜怖、さあて俺は帰るかな」 疾風が階段を下りて行くのを、隼人はその場で見送る。その背中に声を掛けた。 「泊まって行かないんですか?」 [*前へ][次へ#] [戻る] |