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降り立つ聖なる風
 

 声が聞こえたんだ。
 とても優しい印象の女性の声。
 ただ一言、「キミの力を貸して欲しい」と。
 その言葉に対する答えを、私が口にする事はなかった。いや、出来なかった。言葉の意味を理解する時間さえ、私には与えられていなかったのだから。

 ほんの一瞬の間に、世界は文字通り姿を変えた。
 夕日に染まっていた筈の空は、星を飾った夜空へ。暖かな春風は肌寒い冷風へと。……おかしな夢でも見ているのだろうか? 私は。

「ここは……どこ……?」

 夢なら覚めて欲しい。今日はいつもより早く家に帰るつもりだったのだ。
 学校の終業の鐘が鳴り響いたと同時に教室から飛び出して、校門でわざわざ待ってくれていた友達に謝罪しつつ、私は一人家路を急いでいた。
 私を急がせた理由――それは今朝に玄関先で言われた母親の一言にある。
 「今日は特別な日だから、なるべく早く帰ってきてね」と。だから私は急いで帰ったんだ。
 商店街を通り過ぎた後に視界に入る公園を抜けて、そこから二度目の角を左に曲がればそこにある筈だった、私の家。

 だけど、そこにいつもの風景――『ただいま』と『おかえり』はなかった。

「……お城?」

 代わりにそこへ現れたのは見た事もない建物だった。洋風な造形のそれを館とは言い難く、物語でよく目にする城を彷彿とさせる。
 ここから見る限りではその城に灯りは見られない。人が住んでいるのかを疑問と思えるくらい、城の周りは静かだ。音はこの場にそよぐ冷たい風だけ。
 しかしその小さな音をかき消してしまう矛盾の静寂を、空に映る星と月影が生んでいる。

 とても場違いな感想かもしれないが、例え話。もしも、ここに誰かがたった一人で住んでいるとしたら――その人はとても寂しい思いをしているのではないだろうかと、そんな心配が胸をよぎる。
 ……場違いだ。少なくとも今、このタイミングで抱く感想ではない。
 そんな思いつきに過ぎない仮定よりも、今は自分が置かれている状況を把握する事の方が何よりも先決で――

「だ、誰なのだ、おまえは!」

 不意にかけられた言葉に、私はそちらへと視線を変えた。

「……え?」

 星空から差しこむ月明かりと同調した髪色は金砂。風になびくそれは幻想的としか言いようがなかった。それこそ物語に出てくる、どっかの国のお姫さまのような感じ。
 ――声が出なかった。いや、言葉がなかった。
 その綺麗な光景に見惚れていたから? 違う。よく解らない現象が起きたから? これも違うか。

「誰だと訊いているだろうが! 一体おまえは何者で、どういった了見で空から降ってきたのだ!!」

 私は驚いていたのだ。見紛うはずなどない。けれど何か違和感を覚える。それでも知っていた。

 私は、この人の名を知っている。



――To chapter 4.

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