お悩み相談室 ナギ編
「さて、今日はいつもと少し趣向を変えて、お悩み相談コーナーでもやろうと思う」
ここは、とある会議室。
部屋の中央には会議用の大きめのテーブル。
その一端で三千院ナギは、毎度よろしく突拍子もない発言をした。
「いきなりすぎますよ、お嬢さま。一体どうしたんですか?」
「そうですよ、ナギ。私達はあなたと違って結構忙しいんですよ? まったく、大切な話があると言うから何事かと思ったじゃないですか」
やれやれ、と溜め息をついた執事とメイドは、会議室の椅子に座りながら共通の主人を見つめた。
「人は悩める生き物……一人だけでは問題の一つも解決出来ぬ愚かな子羊……そんな彼らの悩みを解決してやる事こそが、我らの義務なのだっ!?」
ナギは急に訳の解らない事を熱く語り出した。
「……え? お嬢さま、もしかして頭をどこかにぶつけたんですか?」
「きっと軽トラにでも跳ね飛ばされたんですわ」
言われながらもナギはまだ何かを熱く語り続けている。
意味不明な演説は五分くらい続き、終わったと思ったらナギはパチンと指を鳴らした。
すると、会議室内に大きな箱を抱えたトラが二足歩行で入ってきた。
「ほらよ、この中に悩み事が書かれた手紙がたくさん入ってるぜ」
「喋ってるし!? お嬢さまやマリアさんがいるのに、それがどうしたと言わんばかりに二足歩行で喋ってるだって!?」
トラは執事の言葉など意にも介さないといった様子で、その箱を会議室のテーブルに置いた。
「ごくろう。それではいってみよう! 題して、『お嬢さま一問一答のコーナー!!』」
何が何だか解らない内に、どうやら何かが始まったようだ。
……トラに関してはスルーの方向性で行くらしい。
ナギはテーブルに置かれた箱からゴソゴソと一通の手紙を取り出した。
「まず一通目。ペンネーム、魚介類一家の構成員さんからのお便り。――ナギさんこんにちは。僕の悩み事は家族間の暴力です。僕の姉は事あるごとに僕に暴力を振るいます。変な髪型のくせに僕をいじめます。お魚くわえたドラ猫を追いかけます。どうか助けてください」
ナギは読み終えた後で軽く息を吸い、
「知らん! 家庭相談所に行けっ!!」
手紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に叩き捨てた。
「ちょ……お嬢さま!? これ悩み相談のコーナーじゃないんですか!? 捨てちゃまずいですよ、ただでさえよく解らない主旨がますます解らなくなります!」
「続けて二通目」
執事の言葉はトラはおろか、その主人の耳にさえ届かないようだ。
「ペンネーム、ヘタレを甘やかし続けている青タヌキさんからのお便り。――ナギさんこんにちは。僕はとある家に居候している身なのですが、そこの家の息子さんが大層なヘタレなんです。劇場版ではヘタレじゃなくなるんですが日常に戻るとまたヘタレになるんです。これを解決する為に何か良い知恵を貸してください」
今度は真剣に答えるつもりなのか、うーん、と思案した後で、
「どら焼きでも食ってろっ!!」
やはり手紙をゴミ箱に叩きつけた。
「ナギ? それではなんの解決にもなりませんよ? お悩み相談なんでしょう? なら、答える側はもっと真剣に考えないと」
「……む。分かった。次は真剣に考えるよ」
執事に言われた時とは反応がまるで違う。
ここに、執事とメイドの力関係が明確になった!
「次はペンネーム、バトル系の金字塔さんからのお便り。――おす、元気にしてっか? オラは元気だ。だけんども最近ちっと悩み事があってよ、オラ、ずーっと修行してんだけど伝説のスーパーなんとかになかなかなれねぇんだ。なんかコツ教えてくれよ」
メイドの言葉によるものなのか、今度は読み終わっても手紙をゴミ箱に捨てたりはしなかった。
「おいハヤテ、おまえ、アレやってくれ」
「……へ? アレってもしかしてアレですか?」
「そうだよ。アレ以外のアレがどこにあるっていうのだ。アレはアレしかないからアレなのだ」
「わ、分かりました……こほん、」
執事は小さく咳払いをしたのちにナギを、まるで倒すべき宿敵かのように見据えた。
「お、おまえもすぐにあの地球人の後を追わせてやるよ!!」
「……あの地球人のように? ××××の事かーーーーーーっ!!!!」
ナギの周囲に黄金のオーラが。
結局、手紙は粉々に消し飛んだ。
「あの……結局お嬢さまは何がしたいんですか?」
「え? そりゃ暇つぶしだけど」
「その正直さはとても素敵です、お嬢さま」
――で。
「それじゃ、ここからはマジメにやろう。題して、『真・お嬢さま一問一答のコーナー!!』だ」
今までのは一体なんだったんだろう……?
執事とメイドはもちろん、その存在さえ希薄なトラでさえそう思った。
「ペンネーム、純白のメイドマスターさんからのお便りだ。――どうもこんにちは。私は今、とある悩み事があります。それは同じ職場で働いている男の子についてなんですが、最近、彼からの視線が気になるんです。熱視線とでも言いましょうか、とにかく視線を感じるんです、主にお尻や胸に。こういう場合、私はどうすればいいのでしょうか? 彼もそういう繊細な年頃だとは思うので、なるべく傷つけない解決法を教えてください」
会議室は沈黙に包まれた。
ここにいる誰もが、トラも含めて、執事に視線を集中させている。
「……え? これ、マリアさん?」
執事がようやく絞り出せた言葉がそれだった。
「――タマ」
「らじゃー!」
ナギはトラに何かの合図を出す。
そして一瞬のうちに、執事の前に照明スタンドとカツ丼が置かれた。
「まあとりあえず食え、ハヤテ。話はきっと長くなるからな」
「ぬ、ぬ、濡れ衣ですよ!? これじゃなんか僕、チカンの犯人みたいじゃないですか!!」
「うるさい黙れ!! ネタはもう挙がってるのだ……さっさと認めた方が楽になれるぞ?」
「べ、弁護士を……誰か優秀な弁護士を僕につけてくださ――うわ! まぶし! 照明スタンドをこっちに向けないでください、お嬢さま!!」
ベタすぎて、本当に存在するのかも分からない取り調べ方法で執事を追いこむナギ。
執事から見てテーブルを挟んだ向こう側に座っているメイドは、まるでチカンの被害者のように顔を俯かせている。
「ま、マリアさん!? これは一体……? 僕、そんな目でマリアさんを見た事なんて一度も、」
「いいえ、ハヤテ君。私はいつもあなたの視線を感じていました。……まあハヤテ君も思春期ですからそれも仕方のない事ですけど……その、出来れば控えてほしかったというか」
「そ、それはただの被害妄想なのでは……」
執事の言い分が正しかったとしても、無罪を立証する事は極めて難しい。
今の日本でチカンをやったやってないは、被害者の証言が正しいとされるケースがほとんどなのだ……!
「いやらしいやつめ……女装だけでは飽き足らず、チカンまで働くとはどこまで変態なのだ貴様は。――タマ、連行しろ」
「そんな!? 誤解なんですお嬢さま! それはもう面白いくらいに! っていうか女装はお嬢さま達が無理やり……くっ……離せタマ! 僕は、僕は……っ」
執事はトラに引きずられてどこかに行ってしまった。
「――さて。一人と一匹減ってマリアだけになったが支障は特に無いのでこのまま続けよう」
「いえナギお嬢さま、私も最初からここにいましたが……」
「いたのかクラウス。でもきっと誰もがどうでもいい事だと思うぞ」
気を取り直してテーブルに置かれた箱に手をのばす。
「ペンネーム、貧乳と呼ばないでさんからのお便り。――こんにちは。以前、単行本の巻末で同じ相談をしたのですが、何も解決しなかったのでこの場を借りてまたお願いします。私の悩み事は体の発育がどうも周りと比べて悪いという事です。一応密かに努力とかしているんですがこれがどうにも結果を出せません。私は一体どうすればいいのでしょうか?」
読み終えて、ふむふむと頷いた後でナギはメイドに向かって、
「マリア。至急、ヒナギクの家に牛乳を一生分届けさせるように手配してくれ。まあ効果は無いと思うけど。ああそれと、なんかもったいない気もするから全部賞味期限切れたやつで構わないから」
瞬間、会議室の壁が破壊された。
というよりは、何か鋭利な刃物で切り刻まれた。
「……おい、ヒナギク。なんでおまえがここにいるのだ」
「そ、そ、その手紙には私の名前なんて書いていないはずよ!? よく見てみなさい! あと私は発育の悪さとか全然気にしてないんだからね!? ……それと、家に腐った牛乳なんか送ってこないこと」
そう言い残してヒナギクは去っていった。
「なんだあいつ……おや? 次が最後みたいだな」
悩み事が書かれた手紙が入った箱には、もうあと一通しかなかった。
「ペンネーム、金髪緑眼の少女さんからのお便り。――相談だ、この話のオチはどうすればいい?」
わざとらしく読み終えて、わざとらしく考えこむ。
「だそうだけど、マリア」
「私は関係ありませんよ? 自分で撒いた種くらい自分でなんとかしなさい」
「意地悪なやつめ……っていうか、色んな意味でカオスとなったこの状況をまとめるオチなど存在するのか?」
きっと無い。
でも無いからこそ、人は答えを求めて生きていくのだ。
たとえたどり着いた先に何も無かったとしても、そこまでの道のりにこそ意味があるのだから。
さあ、飛ぼう。
あの青空の向こうへ。
みんな一緒なら、何も怖くなんかないから。
――完。
「いや、そんな終わり方は許しませんけど」
「バカな!? 目には目を。カオスにはカオスではないか!! くそ……とても自然な流れだったのに……責任とれ、マリア!」
「仕方ないですねぇ……それじゃナギにプロの妙技というものを見せてあげます」
盆栽、始めました。
――完。
「簡潔!? なんてシンプルにまとめたのか! しかし意味が解らないのがとても残念だ!!」
「あらあら、困りましたね」
「ええい、マリアは役に立たんからもう引っこんでろ! 私がこの話を素晴らしい最後で飾ってやる!」
「いえいえ、やはりここは私に任せてください」
その繰り返しがこの先延々と続いた。
そういうオチ。
END.
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