[携帯モード] [URL送信]
この素晴らしき世界
 

「……暇だな」

 とある一室にて、やる気なさが滲み出ているその言葉は響いた。

「ああ……確かに暇だ」
「うん……暇だね」

 同じような言葉が二つ、後に続く。
 それらの声色からもやはり、やる気は見られない。

「いやむしろ……暇じゃね?」

 そう言って、花菱美希は生徒会室の中央にある円形に陣取られた机に突っ伏した。
 その状態で耳に入ってくるのは、今の季節を象徴する煩い蝉の泣き声だけ。季節は夏、真っ盛り。
 目線を少し横にずらしてみると窓が見えた。自分が座っている位置からだと景色と呼べるものは澄んだ青空くらいなものしかない。
 時たま風を切るようにして鳥が飛ぶその光景はなかなか悪くない……とは思う。何より平和だ。
 ――がしかし、今の我々には暇を加速させる要因にしかならない気がするのだ。

「暇なのはいつもの事だが、ここまで暇なのは久しぶりだな。……どうだい朝風君、何か良い打開策は無いものかね?」

 美希が話を振った相手は向かい側の机で暇そうに頬杖をついている女性――朝風理沙。

「打開策? そうだなぁ……泉が全裸で学校のグラウンドを駆け抜けるというのはどうだろう?」
「ほぇ!? な、なんで私……?」
「ああそれはいい、そこから伝説は始まるんだな。頑張れよ泉、風になるんだ」

 などと、明らかに冗談と決まっている言葉にも顔を真っ赤に染め上げるなりして、理沙の隣の位置からリアクションしてくれるのは我らがいいんちょさん、瀬川泉。
 裸族、裸族、と美希と理沙がからかい始めると「やめてよも〜!」とか「いい加減にしないと怒るよ〜?」とかいう反応が返ってくる。実に愛らしい。

「さあ泉、とりあえず脱いでみようか?」
「とりあえずって何!? ちょ……理沙ちゃん、なんか手つきが怪しいよ!?」

 生徒会室狭しと逃げ出す泉、そしてそれを追いかけ回す理沙。
 「おっちゃんな? ピチピチの女子高生とエエ事すんのが昔からの夢やってん」などと、いつの間にかオッサン化した理沙が泉を捕まえたのを見届けたところで、再び窓の外へと目線を移した。
 先ほどと何一つ変わらないその青い光景を眺めて美希は改めて思う。
 この世界は平和だ、と。窓の向こう側の世界はどうかは知らない。だけど今、私達がいるこの空間は平和極まりない。それだけは確かな事。

「こ、これが夢にまで見た女子高生の『おぱーい』か……っ! なんという弾力、それでいて柔らか。はあはあ……おっちゃん、もう人生に悔いは無いでほんまにぃ」
「にゃああああーっ!? り、理沙ちゃん、本当やめ……そんな……ああっ!?」

 だってそうだろう? 意味不明に関西弁なエロ理沙が嫌がる泉にあんな事やこんな事を(そろそろモザイク修正入れた方がいいかもしれない)して……この光景が平和以外の何者であるというのか。
 真夏の暑さを忘却の彼方へと葬り去るクーラーの冷風が生徒会室を包む中、美希はそんな事を考えていた。
 ――全てはそう、暇だから。

「ふふ……良かったよ泉、またいつか二人で楽しもう」
「……」

 恍惚な笑みを浮かべる理沙の眼下には一つの死体が転がっていた。
 あれは……泉か? 分からない。何故なら燃え尽きて灰色になっているものだから判別不能なのだ。

「朝風君、朝風君」
「なんだい? ミキティ」
「暇だよ朝風君、言うのは二回目だが何か良い打開策は無いのか?」

 平和なのは言うまでもなく幸せな事。それは理解しているつもりだ。
 が、それに伴って暇なるものが生まれてくるのは必然と言えよう。
 日常の中に潜むそのモンスターは実に巧妙かつ狡猾に我々の精神を汚染していく。
 ――暇。人々はそう口にし、だらける。だらけてだらけて、その果てに自分の部屋に鍵を取り付けるのだ。
 「タカシ? ご飯ここに置いてくから後でちゃんと食べるんだよ? ……就職は決まったの?」とかお母さんに言わせてしまうようになって、「うっせぇ、クソババア! 今イイ所なんだよ、話しかけんな! こっちは2ちゃんねるのレスに命懸けてんだからよぉ……あっち行ってろ!」とかなんとか。
 おお……なんと恐ろしい。暇というのはニートという腐ったミカンを生み出してしまうのだ。
 そういえばと、うちのクラスにも一人、ニートと化してネトゲにハマりこんでしまった女の子がいる事を思い出した。
 彼女もまた、暇という名のモンスターに魅入られてしまったのだろうか。

「打開策といっても泉は死んでしまったし……せいぜい雑談くらいしか無いと思うぞ?」

 いい。それでいい。ニートにはなりたくないから。

「オッケーオッケー。よし、その路線で行こう。……とは言っても何を話せばいいんだ?」
「雑談には何かしらテーマが必要になってくるからな。うーん……」

 二人して仲良く唸る事、一分。
 理沙が何かを閃いた様子で、

「こんなのはどうだ? 題して『ヒナには何故どうして彼氏がいないのか?』みたいな」
「なるほど、語り合うにはもってこいのテーマだな。さすがは理沙だ」
「もったいないお言葉、この身に深く染み渡りやす」

 かくして、生徒会メンバー(死者一名とその他三名は除く)による雑談は開始された。

「では始めよう。ヒナにはなんで彼氏がいないのか、だな? 頭脳明晰、眉目秀麗、加えて人望も満載な彼女がどうして?」
「うむ、実に謎だ。学校内では彼氏がいるとかいう噂が流れているがあれはデマだしな」
「ああ、その噂は確かにデマだ。しかしな理沙? そこにこそ今回の雑談テーマ解決のヒントが隠されていたりするんだ」
「ほう? それは一体どういう事だ?」

 そこで美希は一呼吸の間を置き、椅子の背もたれを軋ませつつ天井を見上げた。

「悲しきは無敵超人、極めた果てにはまともに闘える相手がいなかった……ってところか」
「と、遠い……っ! どうしたんだ美希、そんな遠い目をして」
「いやなに、ただ少し憂鬱な感情を胸に抱いただけだよ。……理沙、ヒナに彼氏がいるというあの噂は何故流れたと思う?」

 向かい側に座った理沙に再び目線を戻して、美希は問いかける。

「何故だも何もそれはヒナが美人でしっかり者だからだろ? 『あれは絶対に彼氏がいる』っていう思いこみが生徒達の中で徐々に広まっていって、それで……ん?」

 そこで理沙は唐突に言葉を切り、勢いよく立ち上がって口をパクパクと開閉。

「……気付いたかね?」
「まさか……」
「察しの通りだ。ヒナに彼氏が出来ない理由――それは彼女が完璧すぎるが故の悲劇だったのだよ」

 そう、白皇学院現生徒会長である桂ヒナギクは完璧すぎたのだ。
 ……実際そんな事はなく、抜けている部分は多々ある。しかしそれを知るのは彼女と親しい間柄の者だけであって、接点の薄い他生徒達には知る由も無い。
 そんな生徒達にとって桂ヒナギクという存在は完璧で最強で神なのだ。
 神に恋はしない。抱くのは憧れ、もしくは崇拝の心。
 近寄りがたい雰囲気を、当の本人も知らず知らずの内に作り出してしまった。
 これを悲劇と言わずしてなんと言うのだろう。

「まさに諸刃の剣……ヒナは自分で自分の首を締めていた訳か」
「そうだな。……でもまあ、別にいいんじゃね? ヒナに彼氏なんか必要無いだろ。ヒナは最強、ヒナは神さま、だからヒナはみんなのものなんだ。誰かが独り占めなんて出来はしないんだよ」
「……」

 ――この時、この瞬間。美希は大きなミスを犯している事に気付けていなかった。
 目の前の理沙がなんていうか、ニヤニヤしている。

「……なんだ?」
「うん? ああ、いや別に何も。どうぞ話の続きを」

 さあさあと、わざとらしく手のひらを差し出してきて話を促す理沙。
 彼女が表情をニヤつかせながらこんな感じを出してきた時は危険信号。それを知っている美希は当然、話を中断せざるを得ない。

「なあ理沙……どうしてそんなニヤニヤしている?」
「これか? 特に気にしないでいい。生まれつき顔面麻痺を患っていてな……うっ!? ごほげほ! つ、ついでに持病の癪も……歳は取りたくないものじゃのぉ」

 ここまで白々しいと逆に清々しくも思えてくる。
 さて、自分は目の前のこいつに何かマズい事でも言ったのか……と、記憶をたどる美希であるが、残念ながら思い当たる節は無い。
 いや待てもう少し考えろ、理沙がニヤニヤした時は絶対によからぬ事が起こるんだ。

「という訳で、私は寝るとするよ。昼休みが終わりそうになったら起こしてくれ」

 何がという訳で、なのかが激しく疑問だが、美希が何を言うよりも早く理沙は机の上で交錯させた腕を枕代わりにして、その中へと顔を沈めた。
 ……まあいいか、どうせニヤニヤの原因もあまり大したものではあるまい。
 そうして、私は考える事を放棄してしまう。本日、何度目かも知れない窓の方へと視線をやりながら、ぼけーっと。
 ――それが、それこそが油断なのだと、気付きもしないで。

「なあ泉、君はどう思う? さっきの。やはりアレかなあ? あの疑惑は確信へと変わったって事なのかなあ?」
「私は最初から確信してたよ? だって美希ちゃんはずっと前からヒナちゃんの事――」

 バッと、何かに弾かれたような動作で視線を窓から外す。

「……?」

 首を傾げる美希の瞳は先ほどまでと何一つ変わらない光景へと向けられた。寝息を立てている理沙と、床で死んでいる泉。
 ……気のせいか。会話らしきものが耳に入った気がしたが。
 もしくは疲れているのか。疲れている時はたまに幻聴に襲われるという話を聞いた事がある。
 ならば寝よう。そう思い、美希は理沙に倣うようにして顔を机に沈めようとするのだが、

「しかし……かなり過酷な道を選んだものだな、我らがブルーは」
「違うよ理沙ちゃん。選んだんじゃない、そうなっちゃったんだよ。それがいわゆる、恋という――」
「のわあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 絶叫と共にどんがらがっしゃーんと音を立て、自分が座っていた付近一帯の机をひっくり返した。理由はよく解らない。
 結構な力技を披露したものだから息は絶え絶え、心臓ははちきれんばかりに高鳴り、顔は薔薇色に紅潮。
 そんな美希の視界に映るのは相変わらず眠っている理沙と死んでいる泉の姿で――

「もういいって……タヌキ寝入りも死んだフリもバレバレだから。ってか、なんなんだ?」

 美希のその言葉に理沙はむくりと顔を上げ、泉はゆらりと床から起き上がった……怖っ。

「なんなんだってそりゃ……暇つぶし?」
「……は?」
「やっぱり美希ちゃんはさ、ヒナちゃん関連の話になると熱くなる傾向にあるみたいだね」
「……はい?」

 理沙と泉、二人仲良く意味不明な言葉をその口から発信している。
 受信する側の美希はといえば、ただただポカンと呆けるしかない。
 なんとなく、あくまでなんとなくではあるが、自分はこのバカ二人にはめられてしまったような気がする。
 何がどうはまったのかはよく解らないが、ただ、なんとなく。

「さて、と。昼休みも終わりみたいだから教室に戻るとするか」

 理沙の言う通り、耳には昼休み終了のチャイムの音が流れこんでいた。
 午後の授業が開始されるまでにはまだ余裕がある。
 だから、このバカ二人を問い詰めるだけの時間はまだ残っている。
 生徒会室から出ようと歩き出していた理沙と泉の前に立ちはだかり、美希は言う。

「待て待て。説明が不十分なまま戻るつもりか? そうは問屋が卸さないぞ」

 このまま流してしまうという選択肢もあったが、それはさすがにマズいだろう。
 さっき、理沙と泉が交わしていたの会話の内容は正直聞き取れなかった。
 だけど、しかし、それでも、自分にとってかなり不都合な内容である事だけは美希の本能が告げていた。

「説明? はて、なんの話かな?」
「すっとぼけんじゃねーよ。さっきのは一体なんだったんだ?」

 美希はそう問うが、理沙と泉はお互いの顔を見合わせて頭上に大きな疑問符を浮かべるばかり。……こいつら。

「あっ! もう授業始まっちゃうよ? みんな急がなきゃ!」

 泉が慌てた様子でそう言い放つと、理沙が「なにぃ!?」とわざとらしくリアクションしたと同時に美希の横をすり抜けていった。
 しまったと思っても時は既に遅し、泉も同様に駆け抜けていき、美希のディフェンスはあえなくバカ共に突破された。

「おい! 待っ……とと!?」

 美希は彼女達を追いかけようとするも、不運な事に足をもつれさせてしまった為にバランスを崩して出遅れる。
 些細なタイムロスのはずだったのだがしかし、逃げ足の速さだけは一級品な理沙と泉の姿はとっくの昔に生徒会室から消え失せてしまっていた。

「くそ……まあいいか、放課後辺りにじっくり問い詰めるとしよう」

 小さな溜め息をつきながらも、美希は確かな決意を胸に残す。
 放課後が無理なら明日、明日がダメだったら明後日、と。どうせいつも一緒にいるのだから、聞き出すチャンスなどいくらでもある。
 生徒会室の壁に立てかけられた時計を見上げると既に遅刻確定。それでも美希は特に慌てる事もせず、ゆっくりと教室へと歩みを進めた。
 次の授業科目は世界史、担任はあの不良教師だ。なんとかごまかして遅刻は不問にしてもらおう。
 そんな事を考えながら、自分が吹っ飛ばした机を元の位置に戻す事も忘れた美希は生徒会室の扉に手をかけて、

「うわっ!?」

 突如、バァン! と豪快な音が目の前からした。扉が勝手に開いたのだ。
 別に自動ドアとかそういう仕組みではないので、自分以外の誰かがこの扉を開けたという事になるのだが。

「なんだ、戻ってきたのか。忘れ物か? しかし三人揃って遅刻だとさすがに言い訳が……」

 開け放たれた扉の向こうに立ち尽くしていたのは理沙と泉。
 しかしよく見てみると何やら様子が変だった。
 二人して共通しているのは、全速力で走った後みたいに息を切らして肩を上下させている。これは遅刻しそうだったという状況から見ても別におかしなものではない。
 変なのはそう、二人共、恐怖の感情を顔に浮かべている。

「……どうした?」

 美希は訊くが、

「み、美希……! 早くここを離れるんだ! 時間が無い……!」
「だ、ダメ……そもそも逃げ切れる訳が……」

 当然、なんの事かサッパリ分からない。
 午後の授業開始のチャイムが白皇学院の敷地内全土に響き渡る。
 ああこれで完璧に遅刻だなと、目の前の二人からその挙動不審さの理由を聞き出すよりも、美希は遅刻の言い訳を脳内で模索していた。



「追いかけっこはもう充分かしら? それなら覚悟を決めなさい、あなた達」



 ――のだが、即座に凍りつく。
 身とか心とか場の空気とか、他にもなんか色々。
 生徒会室の入り口付近、ちょうど理沙と泉の背後にその人物はいた。
 開け放たれている扉の向こうはエレベーターに通じる通路になっているのだが、そこは節電の為にクーラーは効いていない。だというのに、真夏とは無縁のひんやりとした空気が通路側から流れこんでくる。

「うっ!? ひ、ヒナ……いつの間に……」
「ひ、ヒナちゃん落ち着いて! どうしてそんなに怒ってるの?」

 なんとか凍結解除した理沙と泉は、反射的に美希の背後へとまわりこむ。

「ちょ、ちょっと待て! なんで私の後ろに隠れるん――」
「美希、今日はなんの日?」

 白皇学院が誇る現生徒会長でみんなの神さま――桂ヒナギク。
 彼女はどうしてだか、女神のような美しさを湛えた笑顔をして美希に問う。
 おお……なんて綺麗なんだ。無数の光の粒子が弾けて見えるようだ。
 しかし不思議だ、その美しさに今は恐怖しか抱けない。

「さ、さあ? 今日はなんの日だったかな……昼のお弁当に唐揚げがいつもより一個多く入ってた日――」
「美希、今日はなんの日?」

 おっと……今の彼女には小粋なジョークも火にガソリンか。
 冷や汗が一筋、美希の頬を伝った。
 さてどうしよう? 今日がなんの日かなんて本当に分からないし。でもなんとなく雰囲気的に、というかその天使も顔負けな笑顔に、ここで「知らない」と言えば殺されるような気がする。
 ――思案する事、コンマ一秒未満。我々が今、出来うる最善の策が浮かんだ。

「ごめんなさい、すみません、大変申し訳ありませんでした。ほらキミ達もちゃんと正座をするんだ。そして深々と謝罪したまえ」

 ジャパニーズドゲザ。
 とりあえず謝ろう、話はそれからだ。桂ヒナギクは今、大変お怒りでいらっしゃるからな、多分。
 理沙と泉も美希に倣って床に正座し、まるで怪しい宗教団体のような土下座を果てなく繰り返した。
 ちなみに外国人は正座が出来ないらしい。足を曲げて座った瞬間に「Oh!?」とか言っちゃうみたいだ。

「今日は――昼休みに生徒会の役員会議があるって、昨日散々言っておいたわよね?」
「会議? ええと……そういえばそんな事を言っていたような……いないような」

 美希が顎に手を添えながらそう言うと、ヒナギクの笑顔はより輝きを増した。にこにこ。

「あ、ああ! 思い出した思い出した! そうだよな、確かに昨日そう言ってたよ、うん!」

 実際は全然記憶にございません、というのは言うまでもない事実であるが。

「これ以上は無いってくらい……恥をかいたわ。後輩の一年生と先輩の三年生は全員出席してる中で二年生が一人もいないんだもの、そりゃあ恥よね? ハル子はバイトで帰るし愛歌さんは失踪するしあなた達はここでサボってるし」
「わ、悪かった……今後は気をつけるからどうか怒りを鎮めてはもらえないか……?」

 まるで残り時間わずかの爆弾を処理していくような気分である。
 慎重にかつ冷静に、それでいて事態は緊急を要する。
 にこにこは最高潮。怒りゲージはとっくに振り切れており、こめかみの辺りには青筋らしきものが浮かび上がっている。
 もうこれ以上は絶対に刺激してはいけない。
 だというのに、ああ、だというのに……。

「ういっく! 元気ですかーっ!? 元気があれば白皇学院の教師にもなれる! いくぞぉー! 気合いだ気合いだ気合いどわぁー! がははははは、今日も酒がウマ――ごぶっ!?」

 突如として謎の酔っ払いが出現。そして瞬間的に殺された。
 笑顔なヒナギクの手には血が付着した木刀が一振り。
 ……ってか、授業はどうした世界史担当、桂雪路。

「ついでに教師もこんなだし。まったく……嫌になっちゃうわね」

 ギリッと音を立てて木刀を握りしめるヒナギク。
 その実の姉はといえば、体を真っ赤な鮮血で濡らし、亡骸と化している。うぅ……直視出来ない。

「はあ……もういっその事……この木刀で全てを――」
「わああ!? 言わせねーよ!? その先は絶対に言わせねーよ!? 理沙! 泉! もっと誠意をこめて土下座するんだ!」

 今の今まで延々と土下座を繰り返していた理沙と泉に美希は言う。
 これは想像以上にマズい。彼女、桂ヒナギクはこの世界を消し去ろうとしている。木刀だけで。

「ヒナ神さま〜、怒りを鎮めたまえ〜」
「鎮めたまえ〜」
「ヒナ神さま〜、あなたに恋い焦がれている少女、花菱美希を生贄に捧げるのでどうか〜」
「どうか〜」
「うおああああああああっ!?」

 反射的に、理沙の言葉をかき消そうと美希は大声を張り上げる。
 ――ああそうか、理沙がさっき見せた不審さはそういう意味か。などと、今はそれどころではないはずの、この状況下で美希は理解した。
 ヒナギクの方へと、おそるおそる視線を向ける。笑顔、その表情に変化は特に見られない。
 どうやら無事、理沙の言葉は彼女の耳に届かずに済んだようである。

 助かった――ここでそんな事を思ってしまったからにはもう、この想いに価値などありはしないのだろう。
 もとより、届かない想い。叶わないのが前提。
 だけど、それでも想い続けた。
 彼女の強さに憧れた。自分に無いものがそこにあったから、眩しく思えたのだ。
 一言で片付けるのはなんだか簡単過ぎるから嫌だけど、これがいわゆる――いや、こういうシリアスはやはり柄では無いか。
 自分は根っからのコメディ派。そういうのが、一番似合っている。
 実らない何かを儚むよりも、ふざけて怒られて笑っているような、そんな世界の方が何倍も綺麗だと思うから。

 それなら――

「こほん……ヒナ、今日は本当にごめん……」

 こんな風に真剣に頭を下げて謝罪した後、何かしらふざけよう。
 今回ばかりはさすがに、冗談抜きでヒナギクに殺されてしまいそうだが。
 だがそれでいい。今日は死ぬだろうが、後々に笑い話になるかもしれないから。

 ではひとまず、この先の展開は想像におまかせする。
 題名は、白皇学院のとある昼下がり。
 記録者は、花菱美希でした。



END.

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!