メイドさん観察日記
『ハヤテは私のコト好きか?』
『ええ、それはもうメロメロですよ』
『どんなところが好きなのだ?』
『ツンツンしてるところですかね。ドMで変態な僕にはたまらん刺激なのですよ』
『なるほど……女装癖もあるし、ハヤテはどうしようもない変態野郎だったのだな?』
『ふふふ……今頃気づいても遅いですよ、お嬢さま』
『ふおっ? は、ハヤテ……いきなり抱きついて何をするのだっ』
『逃げられませんよ? ロリコン執事である僕に捕まった以上、お嬢さまはもう僕のモノです』
『や、ちょ、待ってハヤ……ああっ!?』
『さあ、二人であの丘の向こうへ。僕達の楽園へと旅立ちましょう、お嬢さま』
『は、ハヤテーーーーっ!!』
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「――という夢を見た」
「はあ。それはまたいつにも増してファンタジーな夢ですわね、ナギ」
春の陽気も徐々に薄れてきて、暑さを感じさせる燦々とした日差しが降り注ぐ今日この頃。そろそろ夏でしょうか、それはそうとごきげんよう、マリアです。
私は今、ホウキを片手に庭のお掃除をしながらとある女の子が見た夢の話を延々と聞かされています。
「むふふ……夢の中のハヤテはすごい積極的でさ。こう、ギュッてされたんだよ、ギュッて」
「ギュッ……ですか、それは良かったですね」
両手で肩を抱きしめるような動作をしながら、妄想の世界へトリップしているこの少女の名前は三千院ナギ。このお屋敷の主で、つまりメイドである私のご主人さまです。
年齢は私よりも三つ年下で、見た目は同世代よりも身体が一回りくらい小さな女の子。本人はその事に対してかなりコンプレックスを抱いているようですが、その発育不全の原因が日々の不規則な生活スタイルから来ているという説には目を逸らしているようです。
性格はそうですね、ワガママで泣き虫で臆病でヘタレといったところでしょうか? 加えてちょっとアレな部分も多々見受けられますが、根はとても優しくて可愛い女の子です。
「ハヤテ……うへへ……」
「あらあら、少しイッちゃってますわね」
傍から見れば、初夏の日差しに頭をやられた可哀想な女の子と間違われそうですけどそれは違います。
実はこの少女、恋をしているのです。
その恋の相手は身近にいる男の子で、彼女はその人に片想いしている真っ最中なんですよ、これがまた。
なんとも青春の香りが漂ってくるじゃありませんか、片想いなんていう響き。私にもそんな初々しい乙女な時期が――ありましたっけ?
……まあ私の事はいいとして、話を戻しましょう。
一見するとこれは、一人の少女が異性の少年へと想いを寄せるベタでありふれた普通の恋物語。
だけどこの話はそんなに単純ではないのです。言うなれば爆弾、それもいつ吹っ飛ぶかも知れない時限爆弾の上で成り立っている恋物語だったり。
当の本人達はそんな事これっぽっちも気づいてくれない天然さんなので気楽なものなんでしょうけど、冷静に客観視出来る私からすれば実にハラハラドキドキでたまったものじゃないんですよ?
とは思いつつも、その時限爆弾式な恋の行方を少し楽しみにしているのは内緒のお話ですが。
「ぬふっ……ぐふふふ……」
「…………」
ナギの妄想は順調に加速している模様。
私が栽培している庭園に活き活きと咲く花達が風に揺れる。そんな風景の中、一人の少女がクネクネと怪しげな動作で身をよじっていた。
――爆弾とはひとえに、ナギがその胸に抱いた恋を両想いであると勘違いしている点。
何をどう間違えばそんな事になるのかが本当に謎。
いえ、そこまで謎でもありませんか。勘違いを起こしやすいナギの性格と、無意識に恋ウイルスを撒き散らすあの少年の特性を組み合わせれば、もしかしたらこうなる事は必然だったのかもしれませんね。
「あっ。こんな所にいたんですか、お嬢さま」
噂をすればなんとやら、ナギが恋い焦がれている王子さまのご登場。え? 馬はいないですよ? 当然じゃないですか。
「ふぇ!? は、ハヤテ……」
「どうかしましたか? そんなに僕の瞳を見つめて」
さて、時刻はとある昼下がり。舞台は青々と澄み切った快晴な空の下にある庭園。役者は二人の少年少女、観客は私。
さあさあ、毎度おなじみ勘違いラブコメ劇場の幕は上がりました。
それではじっくりと観察してみましょうか。
「ど、どうしたのだ? 私になんか用か?」
真っ赤なリンゴを彷彿とさせるように頬を紅潮させているナギ。大方、先ほど私に語っていた夢の内容でも思い出しているのでしょう。
想い人が突然現れた事に対して、極めて平静を装おうとするも全然隠しきれてないその姿はとても可愛らしい女の子のそれだとは思うのですが……ナギってそういうキャラでしたっけ?
「いえ。そういえばお嬢さまを見かけないなーって思っていたものですから。寝室とか書斎にもいなかったですし」
「そ、そんなに私に会いたかったのか……ごめんなハヤテ、寂しい思いをさせてしまった」
ナギ、果てしなく違いますよ。……ああ、ダメですね。私の心の叫びはもうあなたには届かないようです。解ってます、ええ解ってますとも。それが恋というものなんですよね?
みんなそうやって大人の階段を上っていくのだなと、しみじみ感慨深げにしている私を尻目に二人の寸劇は続く。
「あれ? なんか顔が赤いですよ? ちょっと失礼します――って、うわ! すごい熱じゃないですか!!」
「あ、あ……あの……ハヤ……」
おっと、さっそく出ましたね? ハヤテ君必殺の天然ラブコメバズーカが火を吹きました。
ナギの額にハヤテ君が自分の額を重ねている。そのあまりの至近距離にナギの鼓動の高鳴りがここまで聞こえてくるかのようです。
いやあ、それにしても普通なら体温を計る時には手のひらを額に当てるというのに、額と額とをくっつけるとは……さすがはハヤテ君ですね、ある意味素晴らしい。
「息づかいも荒いですし、これは……風邪ですね」
そりゃ息づかいだって荒くもなりますよ。好きな人の顔が目と鼻の先にあったら呼吸困難は必至です。
それより風邪って……思いっきり誤診じゃないですか。ヤブ医者ですかハヤテ君は。それとも風邪の症状と恋の症状は似たようなものだから誤診ではないとか? 誰がそんなウマい事言えと。
なんやかんや心中でツッコミを入れている間にも二人の寸劇は続いてゆく。どれどれ見てみましょう。
「か、風邪なんかじゃないのだっ! 私はいたって健康で――ふ、ふわあっ!?」
「ダメですよ、お嬢さま。僕が寝室まで運んでいきますから、そこでおとなしく休んでください」
まさしくこれは伝家の宝刀、お姫さま抱っこがナギに襲いかかるっ。
ハヤテ君にいきなり抱き上げられたナギは恥ずかしさからその胸をポカポカ叩いて抗議の声をあげるものの、間もなくして諦めたのか赤くなった表情を隠すように顔を俯かせてハヤテ君の腕の中におとなしく収まってしまいました。
ナギは既に陥落してしまいましたが、ハヤテ君の方はどうでしょうか? いくらなんでもお姫さま抱っこなんてしてるんですから、いくら相手がナギだとしても少しは照れた様子を――あらまあ、なんとも平然としていらっしゃる事で。ハヤテ君は自分より年下は異性と捉えていないという事なんでしょうね。
何気にロリコン疑惑をかけていた私ですが、どうやらその心配は要らないみたいで。日本の未来はとても明るく輝いています。
あっ、そんな事を考えている内に二人がこの場から移動していきます。さっきの会話から推察するとおそらく寝室に向かうものとみられ、私は密かにその後を追跡してみようと思います。
……あら? そういえばハヤテ君、私に一言も話しかけませんでしたね。どうしてでしょうか? まさか私がいた事に気づかなかったとか言わないですよね?
寝室の中の様子は、ベッドに横たわったナギのそばでハヤテ君が看病しているという風だった。
私はその寝室の扉の隙間から中をこっそり窺っている形に。覗いている訳ではないですよ? あくまで観察しているだけですから。
「――三十六度五分? おかしいですね、さっきはすごい熱だったような……」
ナギの体温計の数値に何やら疑問符を浮かべているハヤテ君。
それもその筈、ナギは風邪なんかじゃないんですから。鈍感なハヤテ君にいい事を教えてあげますね、恋は人を熱くさせるのですよ。
「だ、だから何度も言ってるだろ! 私は風邪ではないって!」
「うーん……いや、でもやっぱり安静にするにこした事はないですから」
「ええいっ! 眠気も無いのに寝るなど不可能だ、そんなムダな時間を過ごすよりだったらこの前買ったゲームの続きでもやった方がマシなのだ!」
「あっ、ダメですってば!」
ナギがベッドから出ようとするところをハヤテ君が阻止しようとしている光景。そういう絡みを見てると「ああ、本当に兄妹みたいですね」と、思わず呟いてしまいそうですがなんとかその言葉を飲みこむ私。
「離せっ、私はゲームをしに――――のわあっ!?」
「だからダメですって、おとなしくベッドで寝てくだ――――うわあっ!?」
これはこれは、事態は怒涛の急展開を迎えたようです。
「ぁ……ハヤテ……」
「すみません、お嬢さ……」
えっと、今の状況を簡潔に説明しますとハヤテ君がナギをベッドの上で押し倒してます。
何故どうして? ホワイ? いやホント不思議ですよね。ナギがベッドから出ようとしてハヤテ君がそれを阻止して――それからどのような事が起きたらそんな物理的法則を無視したような状況になるのでしょうか? ごめんなさい、私には解りません。
そういうラブコメによくある現象はさておき、とりあえずナギとハヤテ君の二人はそのベッドの上という空間で石のように固まっています。
ナギは例によって顔を赤くしながら口をパクパクさせていますが、それよりハヤテ君の表情がこれまた意外や意外、赤くなってます。
はてさて、これは一体どういう事でしょうか? 年下の相手にはなんの関心も示さなかった筈では? それとも……目覚めましたか? 目覚めちゃったんですかハヤテ君っ!?
いくらナギが自分の恋愛対象から圏外だったとはいえ、一応は女の子。腐っても女の子であるナギを押し倒してしまったその時、ハヤテ君の内なるロリコン細胞が急激に活性化してしまったのでしょうか。そして脳の大切な部分にあるデータとかが書き換えられてめでたくロリコンに?
――なんて、悪い冗談ですよね?
「「…………」」
あの、なんだか二人が見つめ合っちゃってるんですけど。ベッドの上で。心なしかナギの瞳が潤んできてる気がしなくもなくも。
それとマウントポジションなハヤテ君が顔をナギに接近させていってるような気もしたりしなかったり。
ここで少し補足情報をお伝えします。ナギの事についてなんですが、年齢は一応十三歳となっています。しかし彼女は実年齢より少し身体が幼く、見た目的には小学校高学年くらいなんです。
小学生。この言葉をあと五百回くらい繰り返し心の中で叫んでみてください、お願いします。
そしてハヤテ君、こちらは普通な年齢相応の十六歳。高校生です。
小学生と高校生……主人と使用人……そして二人は兄妹……あ、これは違いましたか。
とにかく小学生と高校生はダメです。深夜の時間帯でも放送禁止な上にナントカ法的にも間違いなくアウトです。
このままでは非常に危険。何が危険かってそれはなんていうかアレじゃないですか。そう、日本の未来がダメになります。
――この国を守る。知らず、そんな大義名分が私の心に芽生えていました。
「あら? 二人とも何してるんですか?」
寝室の扉を開けて言い放った私の声がその空間に響いたと同時に、ナギとハヤテ君は驚いた様子でお互いの距離を反射的に離した。
どうやら日本の未来は無事救われたようです。
私の名前なんて歴史上には残りませんけど、真の英雄とは得てしてそういうもの。私はこの国が好きで、それを守れた。それだけで充分です。
――さて、この後はどうしましょうか。
ハヤテ君へのロリコン疑惑も再浮上したのでその事を追求する必要もありますし、多分この後、イイ感じのところを私に邪魔されたと言ってナギが不機嫌になると思うのでそれをなだめたりと、色々やる事が出てきちゃいました。
でもまあ、私が今一番やらなきゃいけないのはそのどれでもない、
とりあえずは私がさっき放り出してまだ途中な、庭のお掃除ですかね。
END.
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