三千院ナギの日常
――起床。
むくりと、ベッドから立ち上がる。
眠さは極限。まったく、何故朝というのは毎日こう飽きもせず回り巡ってくるのだろうか。
十三年という歳月を経た今でも、私にはその意味が未だ不明。
なんだか腹が立ってきたな。今度太陽のヤツに三千院の財力を結集して作成した超電磁波動砲みたいなのを撃ち込んで粉々にしてやろうか。そうすれば朝日も二度と東の空から現れまい。
そんな光景を妄想していたら寝起きのイライラも吹き飛んだようで。
うむ、朝はいつもこのように清々しい心持ちでいたいものだな。
ちなみに現在時刻は昼過ぎだが。
――屋敷の徘徊、その一。
特に目的も無く、どこかへ行くアテも無く、これといってする事もない私はとりあえず屋敷内をウロウロしていた。
そうしているうちにノドが乾いて、何か飲み物を探しに台所に顔を覗かせると、洗い物をしているメイドさんがそこに。
適当にオハヨウゴザイマスを言い、台所の冷蔵庫を開け、炭酸飲料水をグビグビ飲んでたら、
「そういえばナギ? その冷蔵庫に入ってたケーキがいつの間にか無くなってるんですけど何か知りませんか? 仕事の終わりに食べようって、とても楽しみに取っておいたものですから……その、もの凄く腹わたが煮えくり返ってるんですよ」
危険危険、撤退せよ撤退せよ。
口に含んだ水分をゴファッと吐き出しそうになりながらも、なんとか急いでその場を離脱する。
私の本能が告げる警告音がやかましく鳴り響いていた。
……危ないところだった。昨日、ちょっとした出来心で冷蔵庫からケーキを拝借した事が、まさかこんな地雷を含んでいたとは。以後気をつけよう。
しかしあのケーキ、メチャクチャまずかったのだがな。
メイドさんの味覚に少々疑問を抱いたところで、私また屋敷の探索を再開した。
――屋敷の徘徊、その二。
台所付近にはしばらく近づかない方が賢明という事で、私の足は自然とその反対方向へと向いていた。
途中、部屋の掃除をしていた執事が視界に入ったので、声をかけてみる。
「あっ、おはようございます、お嬢さま……って、その手に持ってるセーラー服は何ですかっ! 着ませんからねっ、お嬢さまがなんて言っても……って、その手に持ってる体操着は何ですか――!!」
残念無念とはまさにこの事ではなかろうか。
セーラー服姿はもはや鉄板ネタだが、ブルマ姿はそれこそ芸術の域まで到達出来ると思ったのに。
しかしハヤテよ、女装は文化だと何故にお前は気づかないのか。
いや、お前はきっと気づいているんだよな。
お前自身、その中で目覚めつつある何かを認める勇気が足りないのだ。
まあ、そんなこんなで嫌がる少年を無理やり着せ替えたりして堪能しきった私は満足げにその部屋をあとにした。
――屋敷の徘徊、その三。
「やや、久しぶりですなナギお嬢さま。このクラウス、最近ダンゴムシと会話が出来るようになっ――」
おっと、そういえばワタルのとこに返却するビデオが溜まってたんだったな。
延滞するとウルサイからな、あのちっこい男は。
しかしマリアに買い物のついでに返却してくれ、なんて言えないしな。今そんな事言ったら殺される。
仕方ない、たまには自分で行くとするか。
――外へお出かけ、その一。
「ったく……毎度毎度ビデオ返すのおせーんだよお前は。サキ、これそこの棚に戻しといてくれ」
「はい。あっ、そうだ若、今度一緒に行く温泉の件なんですけど――」
い、一緒に温泉だとっ!?
一体どこまで熟年カップルなのだコイツらは。
二人きりの湯けむり温泉旅情……これは何か事件が起こる。
パターンとして、加害者はその天然さを武器とするサキさんか。
となると必然的に被害者はこのチビ野郎だな。
はてさて、一番気になるのは一泊するのかどうかだが。
一泊するんだったら、次に私がこの二人と会う時にはもう……ごふっ、鼻血が。
この度は、おめでとうございます。
――外へお出かけ、その二。
潰れかけのレンタルビデオ屋に別れを告げ、私は来た道を逆走して屋敷へと歩を進めた。
風景は来た時と変わらないのに、何故かさっきはいなかったヤツと道端でばったり出会ってしまった。
「あっ、ナギちゃん! 珍しいね一人で外出……って、舌打ちしたでしょ今っ! ちょっとかなり失礼じゃないかなそれ! あ、ちょっ、待っ――」
ハムの人を無視して、その横を通り抜ける。
すれ違いざまにそいつの耳元で毒を送信するのも忘れない。
私のそれに負けじと奇声をあげて抗議してくるが、残念ながら私の耳は既にハムスター着信拒否設定にしてあるのだ。
――外へお出かけ、その三。
予想外と言えば予想外だが、あの後しばらくの間ハムスターが私を追走してきた。
まったく、鬱陶しい以外の何物でもないが私は見事そいつを振り切る事に成功。
わはは、水陸両用ブースター加速装置搭載の私に追いつけるものかっ。
とかなんとか思いながら歩いてたら、またもや見知ったヤツに会った。
屋敷はもう目と鼻の先なのだから、面倒事はなるだけ避けたいものだ。
「あらナギ、休日に外で会うなんて珍しいわね。え? ああ、私はお母さんからお買い物を頼まれ……ひ、ひゃあっ!? な、ななな何するのよナギっ!!」
自分が通っている学校の生徒会長の胸を両手でわしづかみにしてみた。
……ふむ、どうやら着やせしている訳でもなく、本当に見た目通りらしい。
勝ったな。私はそう確信し、勝利の旗を心に突き立てた。
そりゃ確かに今はコイツの方が大きいが、私との年齢差を考慮に入れれば話は別である。
私がこの時計台の主と同じ年齢になれば確実に超えている事だろう。
勝利の美酒に酔いしれた私は上機嫌で屋敷に帰ろうとしたが、人生そんなには甘くないらしく。
目の前には最初から持参していたのか、木刀を握りしめながらフルフルと震えている剣神。
それだけでも脅威であるがしかし、ふと背後を見やれば振り払ってきた筈のハムスターがこっちに走りながら向かってきている。さっき耳元で囁いた言葉がよほど頭に来たのだろう。
とりあえず逃げるか。
――屋敷へ帰還、夕食。
さすがに腹が減っていた。
散々追いかけられたりしたものだから、エネルギー残量は既に空っぽである。
ハムスターからは簡単に逃げ切れたが、やはりあのピンクが難敵だった。
木刀をただ振り回すだけならまだしも、振り下ろしたその一閃が衝撃波を作り出すものだからタチが悪い。
まあ、そんな絶対絶命のピンチでも作者の都合という最強の武器を片手に切り抜けてきた訳だが。
そんな事より食事食事っと――――おお、神よ……なんたる悲劇か。今日の夕食は私のキライな食べ物のオンパレードではないか。
作ったヤツに文句の一言でも叩きつけてやろうとしたが、やめた。
メイドさんがニコニコしながらこちらを見つめている。
ああなるほど、私はここで死ねという事か。
食べ物の恨みは恐ろしいとは良く言ったもので、大変教訓になりました。
だがしかし、私はこんな所で死ぬつもりは毛頭ないのであったとさ。
トイレに行く、と言ってこの場を離脱する私。
無論、トイレになど行かないが。
あんな地獄メニューを口にしたら本当に冗談抜きで死んでしまうからな。
向かったのは寝室。疲れたので寝るとしよう。
風呂はどうしよう。面倒くさいので体をささっと流す程度にしておくか。
ぐるるる……なんて腹の虫がメシを食わせろと声を荒げる。
少し黙ってろ、深夜辺りに冷蔵庫を物色して何か食わせてやるから。
――就寝。
今日という時間が、何事もなかったかのように終わろうとしていた。
ベッドに横たわった私、瞳を閉じれば眠りの世界へと旅立つだろう。
ゆっくりと視界が小さくなってゆく間際、一日を振り返ってみた。
とりわけ特別な事もない、まさに日常だったといえる。
メイドさんを怒らせたり、少年執事を着せ替え人形にしたり、熟年夫婦を眺めたり、ハムスターを馬鹿にしたり、ピンクの乳を揉んだり。
まったくもって、ありふれた日常風景だった。
明日は果たしてどんな日常が私を待っている事だろう。
さて、私には未来予知の眼は持ち合わせていないが、
「明日は……ハヤテにナース服でも着せてみようかな……」
とりあえず、綾崎ハヤテの未来だけは確定していたそうな。
END.
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