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 -145:30:05



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 墓標を見る。

 始まりにして、終わりの場所。

 十字架はなく、刻まれるはずの名すらなく、埋葬された訳でもない。

 しかし、そこは紛れもなく墓だった。

 迷う亡霊の、真に帰るべき地。

 桜が散る頃に鐘は鳴り、

 その響きにて魔法は解けよう。

 幻の跡に残骸などあるはずもなく、

 ひとえに、風の前の塵に同じ。

 でも、どうか嘆かずに。

 ――後はただ、忘却の海に沈めて。



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 はっとした時には、もう空は夕陽に彩られていた。
 ついさっきまで河川敷にいたはずだが、私はどうしてかここにいる。
 公園だった。ブランコや砂場に子供の影はない。元々、あまり利用されていないのだろう、目につく遊具のいずれも手入れが行き届いておらず埃まみれだ。
 何よりも肌で感じる空気が寂しい。誰からも必要とされていない、なくても誰も困らない、そういった様が誰かに似ていた気がする。

「――――」

 目の前の自動販売機はもう機能していなかった。
 電源が切られている。人通りのないこの場所に立てても需要が見込めなかったのか、そうだとしたらこの鉄屑はおそらく近い内に撤去されるだろう。
 その流れに乗って、そう遠くない未来にこの公園もなくなってしまうかもしれない。
 不要なものはただ消えゆくのみ。それは当たり前の事。そこに悲しみを差し挟むのは余計だ。
 この場所も、鉄の塊も、そして亡霊も――風に還り、人々の記憶からも消えてなくなる。
 そこには誰の涙も要らない。少なくとも、私って奴が消える事に関して言えば自分で蒔いた種の、その先の結果なのだから同情も要らない。

「桜、あんな雨でも無事だったんだな」

 周囲の木々の枝には、豪雨にも負けずにいまだしがみ続けている花の蕾。
 長雨の影響で気温が低かった為に開花が更に遅れたみたいだが、今日みたいな温暖な日が明日以降も続くなら、もうじき花は咲くだろう。

「見れるかな……いや、花を愛でるような柄でもなかったか」

 意味もなく笑ってから、再び遠くの空を見る。
 夕焼けの色は一日の終わりを表していた。
 もう二度とない今日を、無駄に過ごした。最後にやりたい事を特に見つけれもせず、また一歩、死に近付いていく。
 明日も、明後日もこんな繰り返しだろうか。
 そう考えると、どういう訳か窒息しそうな気分になる。まるで、それはいけないと、誰かが警鐘を鳴らしているかのようだ。

“どうせ消える命なら、最後に――”

 仮に、それが本当に警鐘だとして、私に何を伝えようとしているのかはさっぱりだが。

「限られた時間を大切にしろって、この体が言いたがってるのかもな」

 胸に手を当てて、確かな心臓の動きを認識するが、一秒後に突然停止してもなんら不思議ではない。
 もう、終わりは始まっているのだから。



「解っているのなら、こんなところで黄昏たりなんかするなよ、三千院ナギ」



 夕焼けよりもなお赤い閃光が弾けた後、背後に影がもう一つ増えた。
 振り返るまでもなく、それは魔法使いだった。

「……今は会いたくない気分なんだが」
「まあ、キミが会いたい時に現れるような都合の良い女でもないんでね」

 女は言って、煙草を吹かしつつ近くのベンチへと腰を降ろした。

「それはそうと、綺麗なものだろう?」
「……なんの話だ」
「血の跡が綺麗に消えてるだろうって話。まさかここに血塗れの死体があったなんて、誰も思うまいよ」

 言われてみるとそうだ。ここには一年前の痕跡と呼べるものが見当たらない。

「ここだけじゃない、お馬鹿さんがここに至る道で落とした血も消しておいた」
「ご苦労な事だな。大方、要らない騒ぎは起こしたくなかったんだろ? 血の跡なんて残したら“この辺りで殺人事件があったかもしれない”なんて噂が立つ。そうなれば私の記憶が早々に戻ってしまうかもしれないものな。……というか、お馬鹿さんは余計だ」
「屋敷に引きこもってばかりのお嬢さまには、そんな噂を耳にする機会もなかっただろうけどね。まあ一応って事で。ちなみにお馬鹿さんは余計ではないはず」

 夜を待つばかりの空の向こうへと、カラスが呆けた鳴き声と共に羽ばたいていく。普段は嫌われ者の黒い鳥も、風景が綺麗だとどこか愛らしさを感じる。

「――そんな話をしに来た訳でもないだろ。なんの用だ」
「いいや、特に用事はないな。ああ、でも恋敵と対峙したキミがどんな面構えをしているのか少し興味があったから、それを用事にしてもいいか」

 今、魔法使いが使った単語に少し引っかかった。仕方なしに顔をそちらへ向ける。

「恋敵……? それはヒナギクの事を言っているのか?」
「そりゃそうだろう。他に誰がいるっていうのさ」

 あまりピンと来ない表現というか、あるいは違う気がした。
 恋敵と聞いて想像するのは、一人の異性を巡って争うライバルみたいな同性の事だ。いわゆる対等な関係とでもいうのだろうか、私はそういうものだと捉えている。
 一人の異性を綾崎ハヤテとして、そこに三千院ナギと桂ヒナギクをライバル関係とするにはあまりにも無理がある。
 図にそれぞれの関係性を表してみればいい。きっと三角関係にすらならない。
 綾崎ハヤテと桂ヒナギクは両想いの恋人同士。図に書き表せるのはそこまでだ。桂ヒナギクと私は親しい友人でもなく、ただの知り合いで他人。そして綾崎ハヤテと三千院ナギを繋ぐ線も何もない。あると信じていた。でも、何もなかった。
 結局、出来上がるのは一本の直線と、一つの点しかないおかしな図になるだろう。
 対等でもなんでもない、私は、そこに“いない”んだ。

「――ははっ」

 おかしくて吹き出した。無理もない、これでは透明人間だ。もしくは幽霊か。
 死んだはずなのに生きている今の状態は亡霊そのものだが、それ以前の私もそうだったのか。
 何回も使った言葉な気がするが、滑稽だ。涙ってのは、こういう時に出て然るべきだというのに、瞳は砂漠のように乾ききっているんだから。

「勘違いするなよ、魔法使い。あの女は恋敵なんかじゃない。……それに、私のは恋っていうよりただの狂気だ」
「ふーん……恋と狂気。その境界がどこなのか、おねーさんにはさっぱりだねぇ」
「おねーさんってキャラは恋愛経験が豊富で、そういう哲学にも詳しいのが相場じゃないのか?」
「いやまったく。私はどういう訳なのか色恋沙汰に縁がなくて。どうしてなんだろう? 大人のフェロモン的な何かは出まくってるはずなのに……おかげさまで三十歳独身、処女だったりします。……って、おい! わしゃこの国の天然記念物かっての!!」

 一人で勝手にカミングアウトして怒り出している魔法使い。
 笑って馬鹿にしてやろうと思ったが、私もこの女と同レベルである事に気付いてしまったので控えた。

「おまえの場合は性格の欠陥が激しそうだからな。仮にこの先、恋人が出来たとしても、そいつはよほどの変態に違いない」
「上に同じく。男が一人いなくなった程度でおかしくなっちゃうような金髪ロリ野郎には、それと同等の変態が相応しい」

 ひとしきり笑い合った後、互いに機嫌が悪くなって顔を背け合う。

「本当に腹の立つ奴だ。さっきの嫌がらせもタチが悪いしな」
「嫌がらせって? さっき?」
「……さっきはさっきだ。ええと……そう、午前中のアレだ」
「なんと……アレを嫌がらせとな? やれやれだ。キミは本当にお馬鹿さんなんだねぇ」
「……あ?」

 カチンと来て、歩に言わせるところの不良みたいな目付きで魔法使いを睨む。もちろんこの女に効果はないが。

「キミはさ、自分があともう少しで死ぬって自覚が薄い。……いや、というより受け止めすぎてもう全てを諦めたんだな。だからそうやって貴重な時間を無駄にする」
「……心構えがどうだろうと、私が死ぬってのは変わらない」
「だから三千院ナギは馬鹿だと言っている。昨日、橋の下で私は言ったはずだ。残された時間を精一杯生き抜いてみせろとな。それとも忘れた? 忘れちゃったの!? わはは!! ばーかばーか、ボケジジイ!!」

 言いたい事を遠慮なく言いながら、こちらを指差して大笑いする魔法使い。
 私は顔を真っ赤にして怒鳴るが、やはり効果がない。

「くっ……! 言わせておけば……それに今の話とヒナギクと鉢合わせにさせた事がどう繋がるのだ!!」
「さあて……それは自分で考えてこそ意味のある答えだから、私は沈黙させてもらおう」

 本当の本当に腹の立つ女だった。
 馬鹿だのジジイだの、侮辱の限りを尽くしておきながら結局はだんまりなのだから許せない。

「でも、私がもしもキミの立場なら、やるべき事はたった一つしか思いつかないね。――負けっ放しなんて、私の趣味じゃない」

 そいつの言っている事は、よく解らなかった。
 頭に血が上っていたからだろうか、冷静に言葉の意味を読み解く気にもなれない。

「ああ……それにしても綺麗な夕焼けだ。このぶんだと今夜も満天の星空かな、こりゃ」

 よく解らない言葉の後は、どうでもいい言葉だった。

「そうそう、これは独り言なんだけど、桂ヒナギクは今も河川敷にいるよ。あの調子じゃずっとあそこにいるかも」

 独り言ならよそでやって欲しかった。
 そもそも特に用がないならとっとと帰れ――そう思った直後には魔法使いの姿は消えていた。
 私一人分の影だけが、やけに長く伸びて太陽の傾き具合を示す。
 静かになって何よりだ。しかしそう思ったのも束の間、



「み、見つけた……うおーい! ナギちゃーん!!」



 騒がしく、ぶんぶんと手を振ってる奴が公園の入口に立っている。
 その横には綾崎ハヤテによく似た少女もいた。



To be continued,

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