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V‐A
 

 とある、一人の男が主人公の物語。

 話によると、そいつは子供の頃からずっと不幸だったらしい。
 本人から直接聞いたのだから間違いはない、とにかくそいつは不幸だったのだ。
 何がどう不幸だったのかといえば、それは見返りが無かった点だろう。
 どんなに頑張っても、辛い事や嫌な事を乗り越えても、その先にはそいつへ与えられるべき見返りという報酬が何一つとして用意されていなかった。
 それがどんなに不幸な事なのか、どれほど幸福からかけ離れた事なのか、それは本人にしか解り得ない。
 それでも、そいつは頑張ったんだと思う。見返りなんか無くたって色々と頑張った。
 しかし、不幸に魅入られていたそいつは自分の親に借金を押しつけられるばかりか、ゴミクズのように捨てられ、冬の夜へと独り放りこまれる始末。
 そいつはその時、自分の人生が終わると覚悟したのだろうか?
 どうだろう、そこまでは本人の口から聞いていないが覚悟はしたのかもしれない。
 ――結果から先に言えば、そいつの人生はそこで幕引きという事にはならなかった。
 それは偶然か、はたまた運命というやつか、それだけは誰にも知る由が無い。

 私、三千院ナギとそいつの出逢いは、天から雪が音も無く降り注ぐ冬の空の下だった。

 物語のプロローグとしてはそんなところだろう。
 一人の不幸少年が大金持ちの少女と出逢い人生の転機を迎えた、という具合の。
 それからというもの、そいつをとりまく周囲の環境はめまぐるしく変化していった。
 執事という本人にとっては未知の仕事に就いたり、失った筈の高校生活を再び取り戻したりと。
 私の目から見る限り、そいつの姿はとても楽しそうだった。
 もし、その時に幸せかどうかを尋ねていれば返ってくる答えは決まっていただろう。 

 流れとしては、ここまでが物語の序章部分。

 そして時は過ぎ、七年という年月を重ねてその物語は今に至り、続いている。

 どれだけの時間が過ぎようとも、そいつは私と出逢った時から変わらず三千院家の執事を立派にこなしていた。
 私が肩代わりした借金の返済と、自分が受けた恩を返す目的で立てた誓いを果たす為に。
 誓いとは、私をずっと護ってくれるというもの。
 どんな時でも、どんな事があっても私を危険から護ってくれるとそいつは言ってくれた。
 だから私はそいつが差し出した手を取り、そいつもまた私の手を握り返した。
 そうやって、また時は過ぎていくのだと思う。
 これから先もずっと、変わらずに。

 ――物語には結末があるものだ。
 やがて、そいつの物語にもそれはやって来るのだろう。
 それは一体、どんなものなのか? とても興味が湧いてくる。
 幸せになりたくてもなれなかった、見返りが何もなかった幼少期を過ごしてきたそいつの人生、そんなやつの物語の結末とはどんなものだろうか。
 私は、その物語をどのようなカタチで終わって欲しいと望んでいる?
 自分に対する問いかけに、私は即答する。そんなのハッピーエンドに決まっている、私は主人公が幸せそうに笑って終わる物語が大好きだから、と。
 何より、あいつには幸せになって欲しいと、誰よりも何よりも望んでいるつもりだから。



 ――笑わせる。おまえは……三千院ナギはそんなものを望んでなどいない。



「空、本当に青いな……」

 どれくらいの時間が過ぎ去ったのか。

 並木道の脇に備えつけられたベンチに座りながら、視界を彩る青い世界の中で私は何か考え事でもしていたような気がする。
 よく覚えていない、何を考えていたのだったか。
 なんにせよ、どうでもいいようなくだらない事だろう。
 それより、私は眠った筈ではなかったか? 確か瞳を閉じて夢の世界へ旅立とうと――ああ、そうだった、結局寝つけなかったんだったな。
 だからこうして、空を流れていく雲を眺めているんだ。

「――――さま」

 ふわふわと、それはどこまでも気持ち良さそうに流れていく雲だった。

「遅くなっ――すみませ――」

 どこまでも、か。

「――さま?」

 私は一体、どこまで逃げるつもりなのだろう?

「お嬢さまっ!」
「うおっ!? な、なんだハヤテか。急に脅かすなよな……戻ってきたなら戻ってきたと言え」
「え? あ、す、すみません。えっと……飲み物買って来ましたよ?」
「飲み物? ――ああそうか、そうだったな、ありがとう」

 ――無論、どこまでもだ。
 例えるなら、この空を無限に流れゆく雲のように。



To be continued,

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あきゅろす。
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