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U‐B
 

「……はあ、はあ、は――」

 豪雨の中を駆けていく。

 当てもないままに探し始めてから、じき一刻。
 少女どころか、誰一人ともすれ違う事はなかった。

 人気のない住宅街。
 休日ではあるが、この雨の下で走り回る酔狂な子供はいないらしく、平日と同様にこの辺りは閑散としたものだ。

 周囲を見渡しながら、足を絶えず動かし続ける。

「……っ、……」

 息が随分と上がっている。
 一時間。休む事なく走り続けたとはいえ、普段から鍛えている体がこの程度で疲労するなんていうのはおかしい。

 それでも呼吸は乱れている。
 心が焦っていた。走り方とか、疲れない呼吸の仕方とか、そんな初歩的な事を忘れてしまうくらいの焦燥が背筋に走っている。

 ――この状況は明らかに、僕が招いた失態だった。

 無断外出という違反に始まり、
 少女はそれに気付かないだろうという安直、
 後を尾けられている事にも気付けなかった油断、
 まんまと不審者に連れ去られてしまう始末。
 執事という役割を放棄した事がこの状況を生んだのだ。
 間抜けどころの話では済まされない。

 これで、少女の身に何か取り返しのつかない事が起きでもしたら――おまえは一体どう責任を取るつもりだ?

「はっ、は……ぁ……!」

 息を切らしながら、浮かぶ想像を首を振って否定する。
 そんな事は起こさせないし、そうなる前に見つけ出す。
 余計な思考など無駄だ。考える余裕があるのなら、その一秒を足を動かす事にだけ費やせ。

 もたもたしていると、本当に、妄想が現実になってしまうかもしれない――

「は――ぅ……あ……!?」

 意思に反し、がくんと片膝が地に折れた。
 腹部に迸る激痛。たまらず手を押さえつける。
 先刻、広場で受けた一撃が今頃になって効いてきたのか――いや、違うか。

 これはただ、麻酔が切れただけ。
 あの視る事も避ける事も出来なかった一撃を受け、僅かに気絶し、立ち上がった瞬間から今まで痛覚が麻痺していたに過ぎない。
 それがなくなったのだから、痛みで足が動かなくなるのは当然。
 持ち前の頑丈さなどまるで関係ない。
 黒衣の女性が放ったモノは強烈極まりなく、綾崎ハヤテに苦悶の表情をもたらす。

「……お嬢さま」

 その呼び方を口にする度に頭痛が襲いかかるのは、もういい。
 今はどうでもいい事だ。
 腹部の痛みも同じく、今この時においては捨て置くべきもの。
 崩れた足を叩き起こして、早く、探し出さないと。

 ――理由なんてどこにもないのに。

 頭蓋の中で反響し続けている女性の声も無視だ。

 立ち上がる。
 やけに長い、どこかの家の外壁を支えにしてそうした後、呼吸を整えて再び走り出した。
 どこを探して、どこへ向かっているかも知らない。
 もしも少女が外ではなく、建物の中に連れ去られたとしたらそれだけでもうこの探し方は間違いになる。
 そう理解しつつも、水溜まりを蹴ってゆく。
 今は、この方法で必ず見つかるのだと信じて探すだけ。

 走る。

 ――だけど。
 探すと言うが、見つけた後はどうするのか。
 あの人にどんな言葉をかけるつもりで、どのような言い訳を吐く気でいるのか。

 そう、全て言い訳になる。
 その場においては、あらゆる言語が嘘になってしまうのではないか。

 走る。
 速く。
 とにかく、今は前へ。

 それなら無言でいるのが正しい?
 ……ふざけてる。重大な違反を犯しておいて、無言で通そうとはよく言ったものだ。
 謝罪は必須。説明も同様に行わなければ。

 ……。
 …………。
 ………………だから、ふざけてるのか、おまえは。

 順序が違うだろう。
 言い訳や嘘よりも何よりも、優先して体の心配をするのが正しいはずなのに。
 少女は腕に大きな傷を負っている。忘れたのか? いやそんな事はない。忘れていたんだろう? そんな事はあり得ない。絶対に忘れていたな? 何度も言わせるなそんな事はないと言っている……!

「っ――は、はあ、は」

 ……思考が無駄だ。
 その無駄が足を鈍らせる。
 ……思考が邪魔だ。
 だったら消せばいい。書いた文字を消しゴムでなくすように、おまえが一番得意とするその――

「……ぁ」

 いつの間にか住宅街を抜けて、視界が開けた場所に出る。
 鼓動が煩い。走り回って急に立ち止まったものだから心臓がパンク寸前のように暴れている。

 向こうも、僕と同じように立ち尽くしている。

 心音で他の音が聞こえない。
 川の流れも、雨の音も。無音と区別がつかない。
 視線が交錯する。
 この雨で濡れていないというのか、少女の金色の髪が不思議と風に揺れていた。



To be continued,

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あきゅろす。
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