Novel
3
踏みつぶしたナイフをよそに、カツカツと黒い靴を鳴らせながら黒いスーツに身をまとった、サングラスの男がこちらへ近づくと、ナイフを持ってたオッサンは震える体で後ろへ退く。
フロアにいる全員がこの光景を息をのんで見つめている。もちろん俺もその一人。
「遊ぶのは勝手だが、今の時期にやるのはあんまり賢い選択じゃねえな」
「ま、待て、待ってくれ!金なら、ちゃんと揃えるからっ」
「そう言ってアンタ先月も踏み倒しただろうが。おまけにウチの店まで荒らしやがって・・・嫌がらせか?」
「ちがっ・・・」
「まあいい」
男は咥えていた煙草を口から離すと、フーッと白い煙が立ちあがる。
すると男の後ろに控えていた屈強そうな男二人が、オッサンを両側から拘束した。オッサンの悲痛の叫びもお構いなく。
「話は事務所で聞いてやる。―――連れてけ」
「や、やめてくれぇ!くそ、離せっ!離せぇぇ!」
まるで駄々をこねる子供のように連れてかれたオッサンに、俺は少々気の毒な視線を送った。
それはもちろんこの後のオッサンの未来を見越して。
まあ、同情はしかねるけれどな。
「柴田」
「なんでしょうか、オーナー」
「騒ぎたてて悪かったな。詫びに客に無料で酒開けてやれ」
「かしこまりました」
すると、再び喧騒が湧き上がった。
無料で酒が飲めるからか、先程の事件があったからか、まあ両方だろうが客人たちは興奮が冷めない様子。
レンとショウも同じようで、すげータダ酒!と騒ぎたてている。
それを微笑ましく見ていた俺だったが、目の前の席に
サングラスの男が腰を下ろすことで、そちらに自然と注意がいった。
すると男は形にの良い薄い唇をニヒルにゆがめ、愉快そうに口を開いた。
「坊主、邪魔して悪かったな」
「いえ助かりました。あのままだったら危なかったので」
「危なかった、ねえ?」
クツクツと笑いながら男は灰皿に煙草を潰す。
そこで初めて俺は男をじっくりと観察することができた。
後ろに軽く流されたつややかな黒髪。
細身のスーツを着こなすスタイルの良さ。
190近くあるだろう日本人離れした身長。
目元は見えないが、パーツからでも分かる端正かつ男前な顔つき。
そして明らかに堅気ではない醸し出されるオーラ。
愛想笑いをしている俺だが、内心心臓口から出るんじゃないかってくらいバックバク。
下手に相手刺激して、目つけられたら洒落にならないって。
「アキ、」
「ん、酒飲んだら帰ろうぜ」
「なあ坊主」
不安そうにするレンに俺は笑いかけると、呼ばれたほうへ再び顔を向ける。
男は相変わらず楽しそうに口元をゆがめ、運ばれてきた高そうな酒を煽ると、タンッとテーブルの上へ置いた。
「どうせならもう少し遊んでいかねえか?」
その言葉の熱で溶けたかのように、ガラスの氷がカランと音を鳴らしたのは、何かの予兆だったのかもしれない。
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